第9話 前哨戦 ②

 幸いなことに、第4層に下りてからすぐドルミドは見つかった。昇降装置から降りた先の広場で、監督官と何やら言い争いをしていたからだ。


「兄貴、来てくれたんすか!」


 ドルミドはおれを認めるなり、大きな刀創が入った顔をくしゃくしゃにしておれに駆け寄ってきた。

 今でこそこいつはおれのことを兄貴と慕って懐いているが、つい先週までは反ロドリック派の急先鋒として、その厳つい顔で迎合派に睨みを利かせていた。だが人ってのは変わるもんだ。もう止めてくれってほど殴られれば特にな。


「スピレウスから聞いたぞ、大変だったな」


「俺なんて全然、何もできなくて、今だって、どうすればいいのか分かんなくて……」


「状況を教えてくれるか? 今負傷者はどうなってる?」


「一番やばそうだったポウジョイを現在キャンプの祭壇で治療してもらってます。山場を乗り切れば他の負傷者と交代させようかと思ってたんですが、どうにも時間が掛かるらしくて」


「そんなところだろうと思った。今スピレウスにギルド本部の祭壇と、ウェステ神殿の祭壇を確保するよう指示してる、これで追加で二人分どうにかできるはずだ」


「さすが兄貴! でも、もう一つ問題がありまして……」


 ドルミドはそう言いながら監督官の顔にちらりと目をやる


「なんだ?」


「俺もこのまま負傷者をここに置いといても事態は好転しないと思ってまして……今、負傷者の数人を地上に戻せないかと頼んでたんですが――」


「おい、俺の聞き間違えじゃなきゃ、もしかして〝頼んでた〟と言わなかったか?」


 監督官が金歯剥き出しにしながら声を荒げた。


「そのとおりだろうが、なんか文句あんのかこら」


 監督官の勢いにつられてドルミドの態度も荒くなる。


「ほら見ろ聞いたかロドリック。このクソガキ、監督官である俺に対してこの口の利き方だぞ?」


「まあまあ、ちょっとくらい多めに見てくれよ。今は緊急事態なんだ。なあ、金ならちゃんと払うからさ」


「金の問題じゃねえ!」


「うちのリーダーになんて態度とってんだ! ぶっ殺すぞおめえ!」


「ドルミド、お前はもう黙ってろ!」


 一喝すると、ドルミドは鼻を鳴らして不貞腐れながらも口をつぐんだ。


「ここはおれの顔に免じて許してやってくれ。おれたちは長年上手くやってきたビジネスパートナーだろ? フォッサ旅団の負傷者を二人、地上へ運ぶ手筈を整えてくれるよな? もちろん謝礼はする」


「謝礼ね……」


 監督官は腕組みして、ブーツの先をコツコツと地面で鳴らす。


「正直言うと、燈の馬と敵対したくない」


 そして監督官は、ため息交じりにそう述べた。この言葉の意味するものはもちろん、襲撃事件の犯人が燈の馬だという事実だった。


「だったらおれと敵対するのは怖くないのか?」


 脅しにも聞こえる質問に、一瞬監督官の動きが強張った。


「そりゃお前と燈の馬どちらを選べって言われりゃあ答えは決まってる。だが今回はフォッサ旅団と燈の馬との問題だ。そうだろ?」


「違うな、おれは正式にフォッサ旅団のリーダーになったんだ。このクランに対する責任ってもんがある」


「リーダーつっても、どうせテリア様かカノキスあたりが描いた絵に乗っかっただけだろ? あのロドリックが本気でフォッサ旅団を率いるなんて、誰も信じちゃいねえよ」


 話は終わりだ。そう言って昇降装置を引っ張る奴隷のケツを叩きに戻ろうとする監督官の後ろで、おれは剣を抜いた。


「おれは本気だ。ダイクスタリア。わかるだろ?」


 監督官は赤く染まった瞳で振り返る。


「その名前で呼ぶなっつってんだろ」


 ほんの一瞬、迸るエーテルが監督官の背後に見えた。おれも奴を射程内に収められるほどのエーテルは既に確保しているが、それでも胸が燃えそうなほどの熱い魔力を感じる。何故これほどの魔術の使い手が、それを捨てようとしているのかは分からないが、どちらにせよこれでおれの覚悟は伝わったはずだ。


「兄貴……」


 ドルミドはエーテルが見えないながらに、おれたちの間に散る殺気にも似た異質な空気を感じ取ったのだろう。おれの邪魔にならないよう利き手と逆の方向に数歩移動し、それでいて何かあれば監督官に襲い掛かれるような位置取りを維持した。


「クソガキどもが……」


 これ以上は割に合わないと分かってくれたのか、監督官は瞳の色を戻していつものように悪態をついた。


 それに応じるように、おれも剣を収める。


「いいだろう。だがやるからには必ず勝つと約束しろ、ロドリック。お前が負ければ、次は俺が標的にされかねない」


 おれは肩をすくめた。約束するまでもないことだった。

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