第8話 前哨戦 ①

 その日は待ちに待ったクラン会議の日だった。フォッサ旅団の面々が集まって、おれを正式にリーダーとして迎え入れる採決を行ったあと、そのまま上等な店を一軒丸々貸し切りにして盛大に祝杯を挙げる予定だった。


 今おれが〝だった〟と言ったのは、終止形や接続としての意味ではなく、あくまで未然であるからだ。少なくとも今のところ、単純な祝杯を挙げるような場にはなりそうもなかった。


「ロドリック! 大変だ!」


 それは息を切らしておれの自室にやってきた、スピレウスの顔色を見ても明らかだった。


「どうした? 宴会用の葡萄酒が調達できなかったか?」


 いつもより少しだけおめかしをして家を出るつもりだったおれは、スピレウスがやってきたとき、どこかにしまったはずの整髪料を探している最中だった。

 スピレウスはおれの冗談を無視して続けた。


「北区画の塔から帰還中の団員たちが襲われた」


「トロール? それともシルフか?」


「いや、相手は探索者らしい」


「全員無事か?」


「幸いにも死者は居ない、ただ負傷者が多数出たため、現在第4層キャンプの祭壇でクランお抱えの治療師に診てもらっている最中だ」


「そうか」おれは整髪料のことは諦めることにした。「じゃあ今から行くぞ」


「行くって、第4層にか?」


「ああ」


「クラン会議はどうする?」


「そんなもんは延期でいい、道すがら詳細を教えてくれ」


 おれは帝国の正装であるトルガの上から着古した外套を羽織り、スピレウスと共に部屋を出た。


「それで、襲われた団員の人数と負傷の詳細は?」


 大通りでギルド本部方面へ向かう馬車の荷台に飛び乗り、追いかけて来たスピレウスを引き上げてやってからおれは尋ねた。


「襲われたのは北塔攻略班の第1班及び第2班の合計11名だ。負傷者は10名、そのうち意識がない重体者が1名、四肢欠損又は骨折等の重傷者が5名、残りの4名は軽傷だ」


「どこらへんで襲われたと言っていた?」


「詳しい場所は分からん」


「襲われたときの詳しい状況は?」


「それも分からん」


 おれの舌打ちが聞こえたのか、スピレウスが言い訳がましく続けた。


「俺もたった今連絡を受けたばかりなんだ、仕方ないだろ」


「まだ何も言ってないじゃないか。取り合えず、ギルド本部に着いたらお前は本部の祭壇を確保できるよう手配しろ。あと若い奴を使ってニーナに連絡を取れ、あいつは男嫌いだからなるべく女の団員を使えよ。そんでニーナに連絡が取れたらウェステ神殿の祭壇を借りられるよう手配してもらえ」


「そのあとは?」


「イキのいいのを数人連れて昇降装置で追いかけてこい、なるべく倫理観が薄くて口が堅い奴がいい」


「何するつもりだ?」スピレウスが眉間に皺を寄せた。


「それは状況次第だ」


 そうこうしているうちに馬車がギルド本部の前を通過しようとしていた。おれはスピレウスの追及を避けるように荷台から飛び降りた。


「じゃあ、手筈通りに頼むぞ」


 もたもたしているスピレウスを尻目に、おれはギルド本部の受付へと走った。


「おい! キャンプに着いたらドルミドを探せ! 奴が今下で指揮を執ってる!」


 スピレウスの声におれは背中で返事をした。

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