第6話 淑女の思惑 ④

「今日、イグが貴方のところに小切手を持って行ったはずだけど」


「ええ、いただきました」


 おれはカッシウス邸の客間にある青い御伽石のテーブルに着き、振舞われた蜂蜜入りの果実水を啜っていた。葡萄酒を断ったのはおれが示せる精一杯の誠意からだ。テリアは怪訝な表情で続けた。


「半日も立たずに全額使ったの?」


「はい……そういうことになりますね」


「何に使ったのか聞いてもいいかしら」


「以前、金を借りていた者に返済を迫られまして」


「まあ、貴方にお金を貸したり渡したりする人間が私以外に居たなんて、地上もまだまだ捨てたもんじゃないわね」


 おれは何も言い返すことができなかった。

 うつむいたままテーブルの模様を見つめていると、カップにおかわりを注ぎにきた奴隷と目が合った。未来の同僚として相応しい人間かどうか、品定めされているような気がした。


「それで、誰に返済を催促されたの?」


「ニーナです。今日突然、返して欲しいとせがまれまして」


「まさか、ニーナは貴方と袂を分かつつもり?」


「それはありえません。関係は良好でした」


「そうね、貴方が治療師をみすみす逃がすようなヘマはしないでしょう。でも……それなら不思議ね、ニーナが急にそんなことを言いだすなんて」


 そう言うとテリアは何かを考え込むように顎に手を当て、口を紡いだ。


「気まぐれな女です。他意はないかと思いますが」


「もし、貴方さえよければ、違う治療師を手配するけど?」


「その必要はありません。それに身内の治療に限ってなら、ニーナの代わりが務まる練度の治療師はそうそう見つからないでしょう」


「そう、それなら仕方ないわね。でも気を付けて頂戴、こんなことが続くようなら、私も貴方に愛想を尽かすかもしれないわ」


「肝に銘じておきます」


 おれは深々と首を垂れ、テリアから幾ばくかのキナリス金貨を受け取ると、さっきの奴隷を一瞥して屋敷を後にした。

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