第5話 淑女の思惑 ③

 結局次の日も、その次の日もニーナはおれの部屋にやってきた。


 当然のことながら腕輪の魔法則を解き明かすことはなどできないし、やることと言ったら飯を食いに行くか、洗濯屋に汚してしまったシーツを持っていくことくらいだ。


 カレンシアも諦めずに一度だけ訪ねてきたみたいだが、ちょっと目を離している隙にニーナに追い返されてしまった。追いかけられない自分に腹も立ったが、何一つとして決められないまま、周囲が動き出してしまったことにも嫌気が差した。


 現に今日は朝から3回もフォッサ旅団の幹部たちが挨拶に来たし、午後にはイグもやってきて、テリアからの支援金が記された小切手を届けに来た。こうなるとさすがに惰眠をむさぼり続けていくわけにもいかない。


「どこいくの?」


 おれが出かける準備をしていると、疲れ切ってベッドで寝息を立てていたニーナが顔を上げた。


「探索に使う物資を見繕ってくる」


 おれが答えると、ニーナが顔をしかめた。


「どうして?」


「どうしてって、そろそろ迷宮に戻らないと周りがうるさいからな」


「そんなの気にしなくていいじゃない。もう少しゆっくりしたら?」


「そういうわけにもいかないだろ」


 おれはベルトを締めて薄手の外套でショートソードを隠す。


「そういえば、お金返してくれるって話、どうなったの?」


 しかし、いざ出かけようとした瞬間、よっぽど納得いかなかったのかニーナが突然金の話をしだした。


「腕輪をやっただろ? そのアーティファクトに命を救われたんだぞ?」


 おれはうんざりしながら言った。女から金を返せと言われるときほど男にとって憂鬱な時間はない。


「だったらこれ返す」


「いいよそこまでしなくて」


 本当に腕輪を外そうとするニーナを、おれは止めた。


「全く、急にわがまま言いやがって、なんだってんだよ」


「だって……」


「どうしても今、金が必要なのか?」


「うん……」


 おれはため息をつきながら、イグから渡された小切手をニーナに投げ渡し、扉を開けた。


「どっか出かけるの?」


「ちょっとな、日が暮れるまでには帰る」


「帰ってくるとき、パンとハムとチーズ買ってきて」


 そのくらいなら小切手などなくても買えると思っているのだろう。


 おれはズボンのポケットに入っていた小銭を指で数えながら、チーズかハムのどちらを買い忘れたことにするべきか考えながら自室を後にした。

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