第4話 淑女の思惑 ②

「すみませんお休みのところ、カレンシアです」


 ノックの主はカレンシアだった。おれは一瞬フィリスの言葉が脳裏をよぎり、ドアを開けるべきか逡巡に駆られたが、消え入るような声がもう一度だけ聞こえて、弾けるように身体が勝手にドアを開けていた。


「あ、お久しぶりです」


 おれと目が合うなり、ぎこちない笑顔を向けるカレンシア。その服装はいつもの簡素なローブ姿と違い、真っ白な薄いチュニックの上から丈の短いアンダースカートをはき、小さな腰布が服越しでも分かるほど胸の大きさを強調していた。


「ああ……」


 おれは思わず唾をのんだ。長い金髪が胸元の頂点あたりで微かに揺れている。その気になっていた身体に一気に血が巡っていくのが分かるほど、カレンシアは魅力的だった。


「もしよかったら、買い物に付き合ってもらえませんか? 探索用の物資とか、いろいろ、教えてほしいこともあって……」


 以前のおれであれば即答したところだろう。もしくは買物の前に自室で濃いめの葡萄酒でも飲ませて、手籠めにしていたはずだ。だが今はエーテルの囁きと、フィリスの言葉が脳裏を掠める。今日ほど隠世に足を突っ込んだおかげで手に入れたエーテルの囁きを疎ましく思ったことはない。


「ごめんなさい、今取り込み中なの」


 いつの間に服を脱いだのか、肌着姿のニーナがおれの後ろに立っていた。


「い、いえ……私こそ、ご、ごめんなさい……ロドリックさん、ひとりだと思って」


 カレンシアの瞳から、見る見るうちに光が消えていくのが分かった。


「その、こんなこと聞くの、不躾だと思うんですけど……お二人って、どういう関係なんですか?」


「想像に任せるわ。じゃあね」


 そう言い放ちながらニーナがバタンと勢いよく扉を閉めた。躊躇うような息づかいのあと、ゆっくりと遠ざかっていく足音。


「悪かったな」


 おれはニーナをそっと抱きしめながら呟いた。


「何で謝るの」


「君を悪者にしてしまった」


 優柔不断なおれの態度がカレンシアを傷つけただけでなく、断る口実をニーナに押し付けた形になった。


「反省は行動で示して」


 ニーナがおれの首に手を回す。


「かしこまりました。お嬢様」


 おれは彼女を抱きかかえると、出来る限り優しくベッドにいざなった。

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