第3話 淑女の思惑 ①

 おれはギルド本部の別棟を後にすると、受付があるアトリウムまでなるべく何も考えないように歩いた。考えれば考えるほど、怒りと惨めさで頭がどうかなってしまいそうだった。クソったれども、今頃あいつら全員、おれの話題で盛り上がってることだろう。


「あら、早かったわね」


 アトリウムのベンチで蜂蜜水を飲んでいたニーナが、おれを認めるなり寄ってきた。その後ろにはフォッサ旅団のメンバーが数人、こいつらはおれやニーナの護衛として付きまとってくるおせっかいな奴らだ。


「おれはもう用済みだと」


「そう、じゃあ私が拾ってあげる」


「捨てる者あれば拾う者ありってことか」


「どうせお昼もまだなんでしょ?」


 おれが力なく頷くとニーナは嬉しそうに、好きなもの奢ってあげると微笑んだ。おれはふんと鼻を鳴らして強がったが、何故か護衛の奴らが代わりに喜んでくれた。まさかこいつらも奢ってもらうつもりか? あまりの図々しさに、おれはニーナと顔を見合わせ、思わず笑ってしまった。


 5人分の食事代はそこそこの値段になった。それも食い盛りの男どもを連れての席だ。全額ニーナに支払わせるわけにもいかず、結局半分はおれが持つことになった。しかも腹が膨れて満足したのか、護衛たちは飯が終わるや否やそのまま街の喧騒に消えて行った。


「あいつら結局なんだったんだ?」


「面白い人たちじゃないの」


「フォッサ旅団の雰囲気はよく理解できないな」


「そう? 私は燈の馬に居た頃より、ずっとくだけた人ばかりで好感が持てるけど」


「おれは後悔してるよ。リーダーになんかなるんじゃなかった」


 周囲の思惑に流されるままフォッサ旅団のリーダーになってしまったが、おれはこれからの活動方針を決めかねていた。

 フォッサ旅団の主なスポンサーは帝国の商工会だったが、おれがリーダーに就任したことでテリアからも多額の活動資金を得られることになった。資金が潤沢になるのは良いことだ。クランの規模を拡大できるし、探索に使用する物資も充実する。

 しかし、その分しがらみも増える。テリアの要望どおり下層を目指すのか、それとも今フォッサ旅団がやっている第4層の北塔攻略を優先するべきなのか。そして燈の馬との関係性をどう解決していくのか……。


 それに加えておれ自身の問題もあれから全く解決していなかった。日が経つにつれ、フィリスの言葉が頭の中で大きくなる一方、カレンシアの正体について考えれば考えるほど、エーテルの囁きがそうするべきではないと警鐘を鳴らしていた。


 結果として真相を明らかにするどころか、おれはあれからまともにカレンシアと会話もしていなかった。


「また何か考え込んでるの? フィリスの言葉なんて信じちゃだめよ」


 ニーナがおれの顔色を見て、そっと腕に体を寄せてきた。


 昼食を取ってすぐおれは自室に帰ったが、最近はよくニーナもおれの部屋にやってくるようになった。先日ニーナの命を救った得体のしれない腕輪型のアーティファクトの発動条件を調べるためだとかなんとか理由をつけているが、部屋に来てやることは飯を食うか、おれのベッドのシーツを乱すことくらいだ。


「別に、信じているわけじゃない。それより、アーティファクトの発動条件を調べたいのなら、おれなんかじゃなくてカレンシアに頼んだほうがいいと思うぞ」


 既におれは何度もアーティファクトを調べているが、一向に発動条件を見つけられないでいた。それなら経験は乏しくとも、深層のエーテルまで覗き見ることができるカレンシアの方がまだ可能性はある。


「そこまで急いでいるわけじゃないし、また今度でもいいわ」


 だがいつも、ニーナの返事は芳しいものではない。


「それより、どうするの?」


 ニーナが顔を赤らめながらベッドにちょこんと座りなおす。最近はどうにもできない鬱憤を、ニーナの華奢な体にぶつけることで発散させていた。


 しかし今日は、おれが上着を脱ごうとしたとき、控えめに扉を叩く音がそれを邪魔した。

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