第2話 ギルド定例会議 ②
おれはこれ以上のトラブルを避けるため、そこからどの決議にも票を投じなかった。そのおかげもあってか、以後の議論は滞りなく進み、午前中にはすべての議題を終わらせることができた。
午後は簡単な昼食と葡萄酒を呑みながら、各々の利益や思惑のため歓談という名の探り合いを行う時間だ。おれはここで満を持して席を立った。いいかげん小便に行きたかったんだ。
早く出て行けと言わんばかりの視線を一身に浴びながら、廊下を出て突き当りのトイレに駆け込むと、気まずいことに先客がいた。こいつはキルクルスの代表として今日の定例会議に参加していた男だ。
「どうも、初めまして」
おれはその男に挨拶をしながら、樽のように膨れ上がった胴体からぶら下がる、枯れ木のような細腕に視線を移動させた。戦士って体つきじゃなさそうだ……かといって周囲を取り巻くエーテルを見るに魔術師でもない。
「お初にお目にかかりますロドリック殿。ご期待に添えず申し訳ないのですが、私はキルクルスのリーダー代行として派遣されただけの使用人に過ぎません」
おれの視線から察したように、その男が言った。
「リーダーは? いつも定例会議には参加しないのか?」
「そうですね、あまり参加率は高いとは言えません」
「どうして? 通常参加して損することはないはずだが」
「それに関しては、私も込み入った理由まで承知しているわけではありませんが、もしかするとロドリック殿と似たような理由かもしれませんね」
上品に笑みを浮かべる男につられて、おれも思わず口角を上げてしまった。確かに議決権を持つ人間の中で、最も定例会議の参加率が低いのはおれだ。もしかするとキルクルスのリーダーとは気が合うかもしれないな。
「そうか、引き留めて悪かったな。リーダーによろしくと伝えておいてくれ。できれば仲良くやりたいと」
「ええ、それを聞けばハリード様もお喜びになられるでしょう」
「機会があれば直接会って話をしたいもんだ」
「そういうことであれば、他のクランの動向次第ではありますが、日程を調整してまたこちらから連絡いたします」
男はそう言うと、おれと固い握手をして部屋へ戻った。
他のクランの動向次第か――状況によっては敵にもなりうるということだろう。
まあともあれ、これでようやくおれにも代表者らしい仕事ができたってわけだ。やればできるもんだな。よし、部屋に戻ったらこの調子でいろんな奴に話しかけて、積もった遺恨を解決していくか。
用を足し、洗面台に備え付けられていた香油で髪を整え、決意を胸に廊下へ出ると、スピレウスが少し疲れた面持ちで待っていた。
「よお、飲み過ぎたか?」
暗い顔のスピレウスの胸を小突きながら、意気揚々と前を横切ろうとしたとき、スピレウスがおれの前に立ちはだかり言った。
「ロドリック、今日はこのまま帰ったほうがいい」
おれは聞こえない振りをしたが、スピレウスは道を空けるつもりはないらしい。
「いきなりなんだってんだ、おれは腹が減ってんだ。だいたいこのまま帰ったら、何のために定例会議に出席したのか分かんなくなるだろ」
通せんぼするスピレウスにおれは詰め寄った。
「顔見せしただけで十分意味はあった。あのロドリックがギルドの中枢に復活すると知らしめただけで、嫌でも皆が対応を迫られる。それだけでいいんだ」
しかしおれは納得なんて出来なかった。
「大体なんでこのタイミングで帰る必要がある?」
「それは……」
スピレウスが言い辛そうに口ごもる。
「なんだよ、言えよ」
「その……怒るなよ?」
「怒らないよ、ガキじゃないんだ」
「今、みんな盛り上がってる」
「なんで?」
「お前の、悪口で」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます