第3部

火蓋

第1話 ギルド定例会議 ①

 戦いは会議室で起きている。


 こんな台詞、兵卒上がりの百人隊長あたりが聞いたら怒り狂うかもしれないが、今おれが置かれている現状を見れば誰だってそう言いたくもなるだろう。


「私は今すぐにでもロドリック氏の議決権を停止させるべきだと考えます」


 言ったのはおれからみてはす向かいの席に座る、金髪の若い男だった。

 それに追従するように頷いた奴らのほとんどは、おれと目が合うなり顔を逸らしたが、その金髪だけはいかにもって感じの正義感を滾らせた瞳で、おれをしっかり見据えて離さなかった。


「アレンだ。中小クラン会派の代表で、最近頭角を現してきた」


 隣に座るスピレウスがおれに耳打ちし、そのまま手を上げて異議を申し立てる。


「ロドリック氏はギルドから認められた正当な権利の元、今日のギルド定例会に参加しているに過ぎません。議決権の停止にも剥奪にも理由がないように思えますが」


 日和見集団が同調しだす前に手を打とうということだろう。しかし、これではあくまで噂話の範疇だったおれとフォッサ旅団との蜜月関係を、公的な場で認めることになる。スピレウスの発言に周囲がいっそうざわめき始めた。


「今のスピレウス氏の意見を得て、私の発言を撤回します」


 ざわめきの中、アレンが言った。場の空気に飲まれて考えを改めたのだろう。


「そして新たにロドリック氏の、探索ギルドからの除名を請求します」


 だがそれは悪い方向にだ。


 おれからの報復も恐れない、アレンの歯に衣着せぬ言い方に、ざわめきの中からぽつりぽつりと同調するものも現れだした。そりゃそうだろう、なんせおれがフォッサ旅団のリーダーに就任するのを防ぐためには、もう除名以外に方法は残ってない。


「除名請求だと? 何を言い出すかと思えば、正気か?」


 スピレウスが思わず苛立ちを態度に出してしまった。対照的におれは静かに座ったまま周囲を見回した。いくら有能だとはいえ、このアレンとかいう比較的新参の男だけでこの状況を作れるとは思えない。どこかに絵を描いている奴がいるはずだ。


 地元の有力者――ギルドの幹部連中――功績高い探索者たち――そして、最後に薄っすら微笑むフィリスと目が合った。


「除名の理由をお聞かせください」


 混乱寸前の議会を抑えるように、テリアが父親譲りのよくとおる声で言った。ヴンダール亡き後も、カッシウス家の存在がギルドにとって無視できないものであるのは、彼女のおかげと言ってもいいだろう。


「ロドリック氏の素行不良に関しては当会派のほうでいつも名前が上がっております。具体的には同業者に対する暴行、祭壇の私物化、拾得物の横領などです」


 アレンはつらつらと答える。どれも身に覚えがあるものばかりだった。


「同業者に対する暴行は、正当な理由のある防衛行動だと報告が上がっています。祭壇の私物化に関しては、細かい使用方法は探索者らの自治に任せています。多少の占有は治療師の能力の優劣もあるので一概に非難できるものではありません。拾得物の横領は――何か証拠でも?」


「証人なら居ます」


「あら、フォッサ旅団の方からも、ロドリック氏の潔白を証明するという方がいらっしゃってるのだけど」


 テリアが顎に手を置いて、どうしようかしら二人ともこの場に呼びます? と首を傾げた。


「テリア殿は随分とロドリック氏にご執心のようで」


 アレンは気取った金色の前髪をかき上げながら、諦めたようにため息を吐いた。


「もちろんロドリックには父の代から世話になっていますから。でも今回の件はそれとは無関係です。私はただギルドの運営に関しては感情ではなく公平さを重んじたいのです」


「まさか、今のギルド運営にご不満でも?」


 幹部連中の中からどよめきの声が上がる。


「というより今の大規模クランのやり方に不満があります。迷宮の要所をさも自分たちの領域のように専有し、あつかましくも通行料などと称して金品を巻き上げる始末。これでは他の小規模なクランやフリーの探索者は迷宮の下層へ行けません。正常な競争を阻害しています」


 直接的な名称は出さなかったものの、これには燈の馬も黙ってはいなかった。フィリスの側仕えがすぐさま抗議する。


「通行料など取っていません。私たちは王宮を通る探索者を守るため護衛をしているだけです。その見返りに金品を支払ってくださる探索者も居るというだけです。お間違えの無いようお願いします」


「物は言いようね」


 テリアと燈の馬の代表者たちとの間で火花が散る。仲裁に入ったのはカノキスだった。


「まあまあ、とりあえずロドリック氏の除籍請求は、次回まで検討するということでよろしいですかね」


 これ以上面倒事に関わりたくない穏健派の幹部や探索者代表もそれに賛同する。


「では次の議題に入りましょう――」

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