第48話 ヴンダール迷宮 第4層 帰路 ③

「俺とシェーリが第4層のキャンプを拠点に探索を始めてから、大体一週間が経過したくらいのころだった。その晩、俺が居酒屋で食事をしている最中、ある二人組の探索者に声を掛けられたんだ」


「アンバーラノとウィルヘイムリスだな?」


「そのとおりだ。ちょうどそのころ俺たちもある問題に直面していてな。まあ早い話が〝揃い靴〟の示す方向に進むには、戦力が足りないってことなんだが……そのこととは別にちょっと気になることもあって、結局その二人と組むことになった」


「気になることってのは?」


 おれの問いかけにダルムントは渋い顔をした。


「ウィルヘイムリスの様子が少々変だった。終始落ち着かないような、イライラしているような」


「エーテル中毒による症状の一つよ」


 シェーリが得意げに割り込んだが、ダルムントは構うことなく続けた。


「昔の俺に、少し似ていた。ウィルヘイムリスの相方のアンバーラノは魔術師だ。もしかしたら、変異の魔術に携わる者かもしれないと思ったんだ」


 そういうことか。おれはダルムントの心中を察して頷いた。おそらく一緒に探索することで、変異魔術の使い手かどうかを見極め、もし予想どおりであれば自らにかけられた呪いの手がかりを掴もうと思ったのだろう。


「その二人の素性は? おれのほうで掴んだ情報では燈の馬傘下の小規模クランに所属していると聞いたが」


「それは違うと思う。少なくとも傘下ってほどのクランではないはずだ。揃い靴が差していた方向は王宮方面だったが、現に俺たちは燈の馬から取られる通行料を嫌って、西区画から回り込むことにしたからな」


「本当に傘下であれば南区画から真っすぐ王宮へ行けたはずってことか」


「そのとおりだ」


「でも結局、王宮へは行かなかったんだろ?」


 フィリスは王宮でダルムントと会ってないと言っていた。その言葉が真実なら少なくともダルムントは途中で引き返したか、行く先を変えたことになる。


「ああ、途中で仲違いしてしまってな。それで王宮へ行くのは諦めた」


 ダルムントがシェーリを見る。シェーリは少しだけばつの悪そうな顔をした。


「勘違いするな。仲違いの原因は俺やシェーリではない。ウィルヘイムリスとアンバーラノの方にある」


「というと?」


「アンバーラノが変異魔術を使っていたのは予想どおりだった。予想外だったのはウィルヘイムリスの精神はとっくに限界に達していたということだ。西区画から王宮へ向かう道中、変異魔術のおかげでウィルヘイムリスは凄まじい膂力でトロールとも渡り合っていたが、彼の限界が近いのは素人目にも明らかだった。終始落ち着かず、独り言を発し続け、そしてとうとうある晩、シェーリを暴行しようとした」


 シェーリは唇を尖らせ、俯いていた。別に彼女のせいなどではないが、探索が失敗に終わった一因が自分にもあると思い込んでいるのだろう。


「大変だったな。よく無事で戻った」


 おれは言った。この少し生意気で向こう見ずな少女が、たまらなく不憫に思えた。探索者になどなってしまったばかりに、大人たちに騙され、弟と離れ離れになり、妖精種に殺されかけ、挙句の果てに同じ探索者に乱暴されかけたのだ。帝国の魔術院に残っておけば、こんな世界は知らずに済んだかもしれないというのに。


「俺はアンバーラノに、これ以上変異魔術を使うべきではないと忠告することにした。変異魔術は基本的に不可逆の魔術だ。程度の差こそあれ、遅かれ早かれ被術者は破滅することになる。だが、アンバーラノは俺の思っていたような魔術師ではなかった」


「まさか緩和療法も知らなかったのか?」


「そうだ。彼女たちは俺の想像よりずっと、破滅的な思想の持主だった。アンバーラノが泣きながら壊れたウィルヘイムリスを慰めている間、俺とシェーリは荷物を纏め、そして光が灯ると同時に彼女らと別れを告げて、キャンプへ引き返した」


「その後二人はどうなった?」


「それは知らん。とにかく俺とシェーリは二人だけでなんとかキャンプまで戻り、昇降装置で地上へ帰った。それが一昨日のことだ」


 そういうことか。しかし、そこでおれに新たな疑問が浮かんだ。


「一昨日地上へ戻って来ていたなら、どうして今日、第1層の昇降装置前に居たんだ? まさか昨日の今日でまた第4層へ行くつもりだったのか?」


「そうだ。昨夜、イグという男から、リーダーたちが第4層の王宮へ向かっているとの連絡があってな。それでシェーリと話し合って、また第4層に戻ることにした」


 ダルムントがおれの目をじっと見つめた。互いに考えることは一緒だったというわけか。


「また入れ違いにならずに済んでよかったよ」


「そうだな」


 ダルムントは乾いた笑みを浮かべた。そしてやっとのことでテーブルに運ばれた料理をひとつ、指でつまんで口に放る。すかさずニーナがそれを諫め、シェーリがダルムントを庇って手を握る。カレンシアがそれを遠い目で見ていた。


 ひとまずだが、これで話は終わりだ。仕切り直すようにニーナがお得意の祈りを捧げ、皆で料理を取り分けると、食事の時間が始まった。



「今年も、そろそろだ」


 すべてが終わった後、葡萄酒をちびちびやりながらおれは呟いた。


 窓の外を見ると、分厚い雲の間からさす日差しが、人々の揺れる影を通りに描いていた。

 軒先には魔除けの飾りが用意され、林檎や肉を売る行商の声が街をこだまする。そうすると祭りの気配が漂い始め、人々が浮き立つ時期が始まるのだ。


 それはパルミニアの短い夏の終わりを、意味するものでもあった。

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