第47話 ヴンダール迷宮 第4層 帰路 ②
失せ人は現れず、燈の馬との禍根は残り、おれは自身を取り巻く謎めいた事態に気付いてしまい滅入っていた。
だが、どこの誰が言った言葉かは覚えてないが、幸と不幸は朝と夜のように交互に訪れるものらしい。ということは、おれがフォッサ旅団に見送られ、失意のまま昇降装置に乗ったあと、おれの気分を映し出すかのように暗く湿った岩盤の先に現れた者は、まさに不幸と入れ替わりにやってきた幸運そのものだと言えよう。
「リーダー! ちょうど探しに行こうと思っていたところだったんだ」
昇降装置の下り側の列に並んでいた大男が、手を振りながら大声で叫んでいた。
「ダルムント! それにシェーリ! 二人とも無事だったか」
まるで夢のようだった。おれもニーナもカレンシアも、昇降装置から降りるや否やダルムントたちに飛びついた。最初はこちらの熱量に戸惑い、はにかんでいたダルムントとシェーリも、すぐに手を回してその喜びを分かち合った。
決して広いとは言えない昇降装置の前で、このような列を乱す行為は褒められたものではないものの、周囲の探索者たちは誰一人としてそれを咎めることはしなかった。
迷宮で離れ離れになった仲間と再び生きて会える可能性は低い。昇降装置を利用して下層に挑む探索者なら、誰しもがそのことを知っている。出会えた時の喜びも、それが叶わなかったときの耐え難い悲しみも。
「とにかく場所を変えよう、ゆっくり話がしたい」
おれは言った。それに久々に地上のうまい料理が食いたかった。そしてそれはニーナも同感だったようで、目を輝かせながらお決まりの一言を言った。
「じゃあ、あそこに行きましょ」
その30分後には、おれたちは〝シドラの果実〟で優雅なランチを楽しむことになった。
「空いてるところに座ってくれ」
つい数か月前まで昼夜問わず大繁盛していたシドラの果実だが、現在は閑古鳥の鳴き声が微かに聞こえてきそうな客足だった。理由はいくつかあるが、一番打撃だったのは自らのパトローヌスが主催した宴会で、食中毒騒ぎを起こしてしまったことだろう。
げっそりやつれた店主はでおれたちの席の前まで来ると、世間話という名の愚痴をこぼしながら注文を取った。
「最初はうちの店だけだったのに、最近じゃどこも魚醤の卵漬けを出すようになっちまった」
「街中魚醤臭くてまるで港町だ。ちなみにコルネリウスの魚醤はまだ残ってるのか?」
「もうそろそろ無くなるはずだ。そのせいか少しずつ値段が上がってきている。どちらにせよ、俺にはもう関係ないがな……」
「もしかして、食中毒を起こしてからコルネリウスから魚醤を卸して貰えてないのか?」
「まあな、だから最近は原点回帰ってことで、昔みたいな料理をだしてる」
要するにそこらへんに生えている葉っぱを摘んできて、新鮮なサラダとして売り込むような商売ってことだ。
「私は前のメニューのほうが好きよ」
ニーナの言葉に店主は唇を噛みしめると「あんたがロドリックの女じゃなけりゃ、今すぐにでも口説いてるところだ」と乾いた笑みを浮かべた。
「ロドリックはもう私に興味ないみたいだから、気にしなくていいみたい――」
「おい、長生きしたけりゃ女の社交辞令を真に受けるなよ」
おれは店主が本気にする前に、低い声で釘を刺した。肩をすくめて店主が厨房に引っ込んだ後、ニーナが勝ち誇ったようにおれを見た。
「それで、リーダーたちはどうして第4層に?」
見かねたダルムントが、場の空気を変えようと切り出した。
「そんなの決まってるだろ。お前を迎えに行ったんだ」
「ブラッドムーンまでには帰ると言っておいただろう? 何か急用があったのか?」
「テリアからの情報で、お前とシェーリが王宮へ向かったと聞いたんだ。それで何かに面倒なことに巻き込まれたんじゃないかと思ってな。だが結局、無駄足だった。王宮に居たのはお前とシェーリではなく、別の男女の探索者だったよ」
「ふむ、そういうことか……それなら、俺からも何があったのか説明したほうがよさそうだな」
ダルムントはそう言うと、シェーリに目配せしてどちらが話すか確認したあと、ゆっくりと口を開いた。
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