第46話 ヴンダール迷宮 第4層 帰路 ①

 ダルムントをもう少し探そうかとも思ったが、これ以上フィリスたちを刺激したくないというフォッサ旅団の意見を尊重し、おれたちは一旦キャンプへ帰還することにした。


「入れ違いになってるだけかもしれん」


 スピレウスが言った。


「そうだといいが」


「不死身のダルムントだ。どうせそのうちひょっこり姿を現すさ」


「嫌な予感がするんだ」


 しかし言葉とは裏腹に、帰り道の間おれが考えていたのは、カレンシアのことばかりだった。


「あんたがロドリックの奥さんなんだって?」


 夜を明かすために寄った東区画の砦での宴会中、酒の入ったフォッサ旅団の誰かがカレンシアに声をかけていた。


「はい、夫婦で一財を成そうとジルダリアから移り住んできたんです」


 そのころにはすっかり調子が戻っていたカレンシアは、フォッサ旅団の奴らからの質問にも、難なく話を合わせていく。もちろんテオたちの前で一度、自分から騙っていたということもあるだろうが、妙に堂に入ったその姿を見る度、フィリスの言った、カレンシアはおれの妻だという言葉が、頭の中で何度も反響した。


 フィリスのことを疑うのが、一番簡単だということは分かっていた。


 だがフィリスの性格上、おれの動揺を誘うためだけにあんなことを言うとは思えなかった。あるとしたら、何かの勘違いか、それとも動揺以上のものを狙った嘘か――あるいは真実か……。

 カレンシアとシアが瓜二つなのは今となっては明らかだ。だが気味が悪い。どうしておれはフィリスに指摘されるまでそのことに気づけなかった?


「フィリスの言うことなんて、気にしない方がいいわよ。どうせ貴方を動揺させようとしてるだけだから」


 なかなか酒が進まないおれを、気遣うようにニーナが言った。


「てっきり君は怒ると思ってた」


「なんで?」


「わからないが、なんとなく」


「怒ってほしいの?」


「いや……」


 おれはカップの酒を一気に飲み干した。すかさずフォッサ旅団の幹部と思わしき男が新しい葡萄酒をおれのカップに注ぎ、ついでに簡単な挨拶を交わす。


 分からない事だらけの中で、ひとつだけはっきりしているのは、いくら自分の中だけで答えを見つけようと目を凝らしても、このカップと同じように、すぐ次の疑問が注がれて心の底が見えなくなるってことだ。真実を覗き込みたいのならば、誰かの力を借りなくては。


 翌日、昨日より少ない人数だったが、それでもフォッサ旅団の数人が、おれたちをキャンプまで護衛しながら付いてきてくることになった。その中にはもちろんスピレウスも。


「なあ、昨日の話、本気なのか?」


 おれは前を行くスピレウスに尋ねた。


「リーダーの件か? もちろんだ」


 答えたあと、スピレウスは何かを察し、足を止めて振り返る。


「まさか、今更止めるだなんて言わないよな?」


「そういう訳じゃない、ただ……」


「今更怖気づいたのか?」


「昨日も言ったろ、嫌な予感がする」


「面白い冗談だな。あんたほどの男からそんな言葉が出るとは。死地なんて今まで片足どころか両足突っ込んで、挙句の果てにカロンから船を奪って戻ってきたことだってあるだろ?」


「敵を恐れているわけじゃない」


「だったら何を恐れる?」


 おれは誰にも聞こえないよう、声をひそめた。


「おれは、何か大事なことを忘れている気がする」


 スピレウスはきょとんと目を丸くしたあと、頬を緩め、おれの背中を叩きながら言った。


「大丈夫さ、地上に戻ったら、すぐ元気を取り戻す」


「そういうことじゃない。なあ、おれがリーダーになれば、どんなことでも力を貸すか?」


「もちろんだ。それがクランの利益と相反するものでなければな」


「わかった。それだけ聞ければ十分だ」


「何を企んでる?」


「おれにもまだわからん」


 それだけ言うとおれは歩調を早めた。

 スピレウスはまだ何か言いたげだったが、今はまだ、おれもそれ以上のことを教えるつもりはなかった。

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