第44話 ヴンダール迷宮 第4層 王宮 一触即発 ②
「北門から出よう」
テオの言葉に先頭を走る小男が、わかってる! と叫びながら廊下の角を曲がった後、来るな! と立て続けに言い放った。
曲がり角の先に居たのは、十数名の男女だった。見るからに強者と分かる集団の先頭には、革鎧と藍色のマントを羽織った、おれのよく知る女性が立っていた。
「ロドリック、また悪さをしてるの?」
草原を流れるそよ風に、色が付いているとしたら、きっと彼女のような感じだろう。
探索ギルド最大規模のクラン『燈の馬』のリーダー、元帝国宮廷魔術師、メイレオス流細剣術の使い手、ロドリックの手綱持ち、皇帝の求婚を断った絶世の美女――などなど。彼女に対しての肩書や逸話は尽きないが、あの女の本質を言い得た言葉はひとつだけ。
『翠玉のフィリス』
個人的にはあまり垢抜けた表現とは言い難かったが、少なくとも守銭奴なんて不名誉な肩書は付けられてないぶん、おれよりは数段マシだろう。歳をとって、その美しい翠玉色の髪に白髪が混じり出すまでの間はな。
「別に、ただちょっと、お邪魔しますを言い忘れただけだ」
「それだけで救援信号が出るなんて、相変わらず好かれてるみたいね」
おれは肩をすくめた。フィリスは昔から何を企んでいるのか分からないところのある女だが、デイウスのように好戦的な性格ではない。よって直ちに殺し合いに発展することはないだろう。おれはテオたちを下がらせた。
「それで、今更貴方がここに何の用?」
「君たちにおれの仲間のダルムントが世話になってるかもしれないと聞いてね」
「ダルムントさんがここに? 少なくとも私は見てないわね」
「君は見てなくても、周りの奴らは見たかもしれない」
おれの視線を追うようにフィリスは背後の取り巻きたちを見た。皆一斉に首を横に振る。
「しらばっくれるな。ダルムントがここに来たことは分かってるんだ」
おれは言った。しかし、ため息をつきながらフィリスがおれに向けた流し目には、確かな軽蔑の色が見て取れる。
「何度も言わせないで、知らないって言ってるでしょ。それより貴方、最近またあの女と接触したみたいね。評議会で噂になってたわ」
「何の話だ?」
「テリアのことよ。マヌケな男が同じ女に2度も騙されそうになってるって」
「騙されたことなんてない。おれが利用してるだけだ」
「マヌケな男は皆そう言うわ。貴方が彼女から何を吹き込まれたのかは知らないけど、私たちは何の手出しもしてない」
「信用できないな。君はこの間もおれとの約束を反故にした」
フィリスは顎に手を当てた。心当たりはあるが、いつのことか思い出せないという顔だ。
「この間って?」
「第5層の宝物庫であったときだ。君から身柄の保証を取り付けた後、結局おれたちはデイウスに殺されかけた」
「ああ――あの時の」
フィリスが一瞬、窺うようにおれの後ろに視線を移動させた気がした。
「貴方がシアと一緒にノッカーに追い回されてたときのことね。まあ、正直デイウスが貴方と確執があるのはわかってたし、何か企んでいるとも思ってたけど。シアが一緒だから何かあってもどうにでもなると思ったのよ」
胸の鼓動が一瞬だけ跳ねた気がした。何故、今フィリスの口から彼女の名前が?
「今回も、殺されかけた……」
おれはやっとのことでその言葉を発したが、まるでうら若き乙女が花を摘みに行って戻ってくるほどの時間が経ったような気がした。
フィリスはわざとらしく驚き、後ろで背負われていたカレンシアに目をやった。
「白煙のザイオンを倒したジルダリア王国有数の魔術師が、デイウスなんかに後れを取るとは思えないけど……でも彼女、こうやってみると、なんだかお肌荒れてるわね」
フィリスは背負われて気絶しているカレンシアの頬をマジマジと見つめながら続けた。
「貴方最近、奥さんに無茶させ過ぎなんじゃない? 結婚する前はあんなにかわいがってたのに、まさか迷宮探索まで一緒にやらせるだなんて、いったい何が目的なの?」
「何の話だ……こいつはカレンシア。迷宮で倒れて記憶喪失だったところを、おれが助けた、それだけだ……」
まるで自分の声が、自らのコントロールを外れてしまったように遠く感じた。
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