第42話 ヴンダール迷宮 第4層 王宮 呪いの腕輪 ②

 しかし、腕骨は何故か剣を振り上げようとするおれのマントを、欠けた指の骨で思いっきり引っ張った。

 敵なのか味方なのかはっきりしない奴だ。おれはあわよくばこの骨から切り落としてやろうと振り返る。


 その視線の先が捉えたのは、今にもニーナを斬り殺そうとしているデイウスだった。足元には砕かれた骨の欠片が無残にも散らばっている。


 奴とおれとの距離は約5メートル。剣の刃渡り70センチに、目一杯伸ばしたおれの腕80センチ、それに装剣技のエーテル5センチを足してもまだデイウスには届かない。


 だが刃に纏わせる装剣技のエーテルを、消費魔力度外視で広げることができるとしたらどうだろう。


 おれは〝メロウの涙〟を起動させた。ここに来るのと引き換えに、テリアから返してもらった先祖伝来のアーティファクト――とまでは言い過ぎだが、うまく儀式が馴染まず魔力量が伸びなかったおれ専用に、本家が世界中を駆け回って見つけてきてくれた貴重なアーティファクトだ。


 その魔法則は、魔力の〝備蓄と放出〟


 その日使わなかった魔力を貯めておいて、任意のタイミングで取り出せる。単純だが魔力量の少ないおれにとっては何にも代えがたい魔法則だった。


 おれはメロウの涙から必要な魔力を取り出すと、装剣技の出力を上げる。


 見えない剣を使うとはよく言ったもんだ。エーテルの見えないやつにとってはそうなんだろうが、タネ自体は至極単純。剣にまとわせる装剣技のエーテル量を大幅に増やし、刃渡りを稼いでいるってだけだ。


 最大で5メートル。おれの魔力だとメロウの涙の魔力補助がなければ使用することはできない。

 燈の馬を追放されたとき、フィリスがおれからメロウの涙を奪ったのはそれを知ってのことだろう。


 おれは剣を横なぎに振り払った。


 デイウスの胴体を、後ろの壁ごと真っ二つにするつもりだった。


 だが実際は、すんでのところで身を捩ったデイウスの、右肘から先を切断しただけに留まった。


 今のタイミングで避けれるものか? おれの剣速自体は申し分ない速さだったはず。見てから避けるのは不可能だ。それこそ予想でもしてなければ……。


「ニーナ、立てるか?」


「うん……」


 それでもデイウスを行動不能に出来たことには違いなかった。おれはニーナの手を力強く掴むと、残った有象無象どもをけん制しながら退路を模索する。


 隣でドスっと鈍い音が聞こえた。


 ニーナが立ちあがりざま、腕を抑えてうずくまるデイウスを蹴りつけていた。


「やめろ、もういいから行くぞ」


 おれは今やたくましさすら感じるニーナの手を引きながら部屋を後にした。

 あれだけあった腕の骨は、もうすっかり消えていたが、それでも腕輪がついている方の手を握るのは、しばらくの間遠慮したいもんだ。

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