第35話 ヴンダール迷宮 第4層 東門 ③

「おれはフォッサ旅団に所属している探索者だ。ちょっと道に迷ってしまったんだが、北門までの道順を教えてくれないか?」


 おれの迫真の演技に、男たちは目を見合わせて怪訝な顔を向けた。


「あんたみたいなおっさん見たことねえよ。もし本当にうちのクランメンバーだってんなら、何班の所属なのか言ってみろ」


 3人の男の内、一人が詰め寄ってきた。おいおいこいつらフォッサ旅団の奴らだったのか。やっちまった。てっきり燈の馬の新入り連中かと思ってフォッサ旅団の名前を出したのに、完全に裏目に出てしまった。


「えっと、スピレウスの班だ、最近クランに入ったばっかりで、まだ、班の名前を憶えてなくて……」


「はあ?〝スピレウスさん〟だろ? お前新入りのくせに自分の班の班長呼び捨てにしてんのか? しかもスピレウスさんは班長の中でも上席だぞ?」


「いや、すまな――すみませんでした」


「信じられねえな。いい歳したおっさんの癖に礼儀も知らねえのかよ。今まで何して生きてきたんだ?」


「は、はあ……」


 10代後半か20代前半くらいのガキに、本気の説教をされるとは思ってもいなかったため、おれは完全に面食らってしまった。


 その様子をびびったのだと勘違いしたガキどもは気分を良くしたのか、自分より格下の相手を前にして先輩風を吹かせてみたくなったのか、尊大な態度を取りながらもおれを導いてやろうという優しさに目覚めたようだ。


「おっさんだからって、入ったばっかりの下っ端だってことには変わりねえんだからな。目上の方に対する礼儀ってのを少しずつ身に着けていけよ。人生ってのは長い。今からだって遅いなんてことないから、一人前の探索者になれるよう頑張るんだぞ」


「はい、申し訳、ありませんでした」


 隣に居たもう一人の男が頷きながら後に続く。


「その――後ろの女二人も、2班の新入りなのか?」


「え……いや」


 おれは、呆気にとられたカレンシアと、必死で笑いを堪えているニーナに向き直った。そもそもフォッサ旅団の班員って何人なんだっけ? さすがに3人も一緒に入ったって言ったら怪しまれるか? 


「いえ、自分の妻と、妹です」


 突然の事態に混乱していたのか、おれは思わず突拍子もない嘘をついてしまった。


「家族ぐるみで探索者稼業をやろうとしてんのか……普通ありえねえだろ。世も末だな……」


 こいつら、探索者のくせに中途半端に常識ぶった価値観持ち出しやがって。まあ、それでも疑われるよりはマシだが……部外者ながらこんなに頭の悪そうなガキをメンバーに入れて、本当にフォッサ旅団は大丈夫なのか心配になってきた。


「それで、どっちが妹なんだ?」


 最初に話していた方の男が興味津々といった顔で女性二人を交互に品定めしていた。


 おれはカレンシアとニーナに目で訴えかける。どっちがどっちでもいいから、さっさと口裏合わせてくれ。


「はい……」カレンシアが手を上げて言った。「私が妻です」


 その言葉にニーナが驚愕の表情でカレンシアを見た後、すべてを悟ったかの表情で即座におれを睨みつけた。視線が痛い。


「そっか……」


 男は複雑な表情で頷くと。おれに向き直って言った。


「こんな綺麗な奥さんと妹さんが居るんだから、早く一人前にならないとな。最初のうちはきついこともあるけど、すぐ慣れるから、辞めるんじゃねえぞ」


「はい……」


「あ、そういえばまだ名前聞いてなかったじゃん」


 3人組の男たちの中で、一番若そうな奴が初めて口を開いた。


「僕はテオ、よろしく。僕もこの間クランに入ったばっかりだから、同期だと思って気軽に話してね」


「ああ、よろしく。おれは――」


 相手がフォッサ旅団なら本名を出しても大丈夫だろう。スピレウスの話が本当なら、おれはこいつらのクランではそこそこ評価は高いらしいし。

 名前を告げた後、このクソガキどもがどんな顔をするのか楽しみだった。


「おれはロドリ――」


 しかしそこまで出かかった言葉は、直後に聞こえた地響きのような鳴動にかき消され、こいつらの耳には届かなかった。


「なんの音だ?」


 おれは天井を見ながら言った。音源は頭上からだった。


「ああ、なんか今、変な探索者が王宮に入ってきて暴れてるらしいんだよ。燈の馬の留守番部隊がそいつを追いかけてさっき2階に上がっていったからそれじゃないかな。巻き込まれても面倒臭いだけだから、あんまり気にしないほうがいいよ」


「暴れた? どういう奴らだったんだ?」


「僕も直接見たわけじゃないから、詳しいことは分からないんだけど」と前置きした上でテオは続けた。


「聞いた話だと魔術師の女が一人と、でかい男が一人だってさ。通行料で揉めて男のほうが暴れ出したらしいんだけど。なんかその様子が普通じゃなかったらしいよ」


「魔獣みたいだった?」


「そうかもね。なんかやばい薬か魔術でも掛けられてるんじゃないかって、燈の馬の奴らが呆れてた」


 おれはすぐにダルムントの姿が思い浮かんだ。まさか、もうブラッドムーンが始まったっていうのか? 今年のブラッドムーンまではまだひと月ほど猶予があったはずだが。


「どうします?」とカレンシア。


「そんなの決まってる」


 予定より早くブラッドムーンが始まったのかもしれない。おれは階段のあるホールを目指して走り出した。


「お、おい急にどうしたんだよ新入り!」


 自称先輩が発する裏返った声が、おれの背中を更に押した。

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