第34話 ヴンダール迷宮 第4層 東門 ②

「ダルムントは間違いなく王宮に居る。だが気を付けろ、俺が言うのもなんだが、テリアはああ見えて手段を選ばない女だ。それに回りくどいやり方を好むところは、あいつの家庭教師を務めていたカノキスにも通ずるところがある」


 別れ際、スピレウスが放った言葉を、おれは今更ながら思い起こしていた。

 おれたちが第4層〝王宮〟の東門に着いたのは、あれから二日目の正午のことだった。ここに来るまでかなり時間はかかってしまったが、そのおかげでヴァンパイア戦で失った魔力の大部分は回復できた。

 しかしイグの件は痛手だった。負った怪我の経過が芳しくなく、イグはスピレウスと共にキャンプへ帰ることとなった。それに伴い持ちきれない物資も置いていく羽目に……ここにきて痛い戦線離脱だった。


 そういう経緯もあってか、おれは見張りが一人も居ない王宮の東門を前にして、悪い予感を抑えきれずにいた。


「誰も居ないなら、今のうちに忍び込んだほうがいいんじゃないですか?」


 目的地を目の前に尻込みするおれを見て、カレンシアがおそらく純粋な気持ちでだろう、助言を呈してくれた。


 彼女の言うように、願ってもない状況であることは間違いなかった。だがおれが燈の馬に所属していた時代は、王宮に続くすべての門には見張りを置いていたし、スピレウスの話からもその方針は変わっていないはずだ。なのになぜ今日はこんなにも静かなのか……ふとした猜疑心が脳裏をよぎる。


「それでも、行くしかないか」


 しかし、いつだって道は前にしか現れない。おれに出来ることはせいぜい用心深く進むってことくらいしかなかった。カレンシアとニーナに目配せすると、小走りで東棟の中庭を横切った。


 おれたちは中庭と礼拝堂を囲う形で伸びる回廊を慎重に歩く。床には真っ白な大理石が敷き詰められ、窓の外からは疑似太陽から発せられる明かりが、同じくらい白い輝きを放っていた。


 昔はこれに加えて回廊の天井からも、光を放つ小さなアーティファクトが無数に吊るされていたんだが、燈の馬を大きくしようとメンバー増強を行った際、金に困ってほとんど売っちまった。今じゃ残ってるのは要所にごく一部だけ。それでも日中は窓からの採光だけでこの回廊は十分明るいし、昔の煌々と輝く下品な明かりよりも、おれは今の方が趣があって気に入っている。


 おれはたちはなるべく人に見つからないよう身を屈めて歩くも、窓から時折覗く中庭や礼拝堂に人影らしいものは見当たらなかった。


 誰も居ない階段ホールを横切り、更に廊下を進むと中央棟に繋がる柱廊に出る。ここにも人は居なかった。


 どうなってる? こういった要所に見張りを立てておかないと、野良の探索者から通行料をせびれないし、魔獣や妖精種の侵入も防げなくなるはずなんだが……最近の新入りたちは何をやってんだ。まさか全員で第5層の宝物庫に行ってるってわけでもあるまいし。


「ねえ、これ本当に大丈夫なの?」


 昔の王宮の騒々しさを知るニーナも、この状況が普通ではないことに気付いたらしい。


「もしかするとスピレウスが一芝居打って、人払いをしてくれてるのかもしれない。今のうちにさっさとダルムントを見つけて帰ろう」


 あれほど怪しんでいたにも関わらず、いざ他人が狼狽えだすと逆に冷静になってしまう自分が哀れにすら感じる。


 おれたちは中央棟を更に先へと進む。

 王宮のどこらへんにダルムントが居るのか手がかりはないため、すべての部屋をくまなく見て回るしかなかった。


 それぞれの部屋は〝戦い〟だったり〝夜の星々〟だったりをモチーフにしたフレスコ画が全面に描かれている。本来であれば豪奢な装飾品の類も部屋に彩りと赴きを与えていたのだが……それらはとっくに地上に持ち出されて売り払われていた。


 いくつかの部屋を抜け、おれたちが〝鍛冶の間〟と呼んでいる部屋に入ったときだった。深刻そうに話していた数人の男が、驚いた様子でこちらを振り向いた。


 王宮に入ってから初めて人と会った。幸運なことに面識のある者ではない。おれは取り合えず適当な言い訳でその場を凌ぐことにした。

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