道化師のラクリマエ
第33話 ヴンダール迷宮 第4層 東門 ①
「感謝するよ。きっとエッポも、あの世であんたに感謝していることだろう」
あっけないほど簡単に切断されてしまった箱と、蒸発して消えゆく中身を眺めながらスピレウスが呟いた。
「どうだろうな。死人のことなんて生きている人間には分からないよ。もしかしたら恨んでいるかもしれないし、悔やんでいるのかもしれない」
〝フォッサ旅団〟という大手クランのリーダーであり、死後は強大な力を持つ妖精種と成り果てた者にしては、あまりにもあっけない最後だった。断末魔でも残せれば、せめて堕ちた者としての有終の美くらいは飾れただろうに。
「ふん、意地の悪い男だな。だがあんたのおかげで俺たちフォッサ旅団が救われたのも事実だ。世界のすべてを斬る剣ってのは、どうやら本当のことだったらしいな」
スピレウスがおれの手に残る魔力の残滓を見つめて言った。
「別に取り立てて隠しているというわけじゃあないが、固有魔術をあまり流布されるのは好きじゃない」
誰がどこでいつ敵に回るかわからん稼業だ。能力の詳細を知る人間は少なければ少ないほどいい。
「安心してくれ、恩人にそんなことするわけないだろう」
「ならいいんだ。それより、これからどうするつもりなんだ? この砦を立て直して、また前みたいな活気を東区画に取り戻すのか?」
「いや、仮にこの砦を復旧できたとしても、エッポ無しではどの道このクランを、以前のような形に戻すことはできない。今残っているメンツの多くも惰性で活動しているだけだ。その緩やかな惰性も、北区画の塔の攻略が終わればきっと止まるだろう。フォッサ旅団は、エッポが居なくなった時点で死んだも同然のクランなんだ」
「だったら、次はお前が皆を引っ張っていけばいいじゃないか」
「よせよ、そんなたまじゃない。俺に出来るのはせいぜい死にゆくクランをなるべく綺麗な形のまま看取るくらいさ。ただ……ひとつだけフォッサ旅団を復活させる方法が、あるにはあるんだが――」
スピレウスが意味深な視線を向ける。
「なんだ? まだおれに頼みがあるのか? これ以上は有料だぞ」
前金代わりにスピレウスから飲み物をせびる。受け取った革袋の中には葡萄酒が入っていた。しかも中々いい味だ。話くらいは聞いてやろうって気になってきた。
「ロドリック、あんた、エッポの代わりに俺たちのリーダーになってくれないか?」
予想だにしなかった言葉に、思わず上等な葡萄酒を吹き出してしまった。
「面白くもない冗談言ってんじゃねえよ。くそ! 勿体ないことしちまった」
おれは革袋を振って残った葡萄酒の量を測りながら、床にこぼれた分を少しでも取り戻せないかとカレンシアに目配せした。呆れた顔で首を横に振るカレンシア。
「これは冗談なんかじゃない。今回のことで確信した。やっぱりあんたには人をひきつけるものがある」
「人に恨まれてるの間違いだろ」
「確かに〝フォッサ旅団〟内部でも、〝燈の馬〟時代のあんたに煮え湯を飲まされた奴は多い。だがうちのクランでのあんたの評価は、それほど単純なものではないんだ。少なくとも巷で流れているあんたの噂を、鵜呑みにしているメンバーはうちには居ない。なんたってあんたはエッポとの決闘の際、命を奪うような真似はしなかった。やろうと思えば簡単に出来たし、殺したほうが〝燈の馬〟にとって有利に物事が運ぶはずなのに、それをやらなかった」
「服を返り血で汚したくなかっただけだ」
「いや違うな。あんたはクランの利益よりも、自分の価値観と主義を信じたんだ。そんなあんたが副リーダーをやってたからこそ、無法者揃いの燈の馬にも一定の秩序が存在していたし、何より活気もあった」
「買いかぶり過ぎだ」
おれはまだ何か言おうとするスピレウスの言葉を手で制して続けた。
「それにおれは今、行方不明の仲間を捜索している最中なんだ。悪いが、お前の与太話に付き合ってる暇はない」
「そうか――いや、そうだよな」
自嘲気味に鼻を鳴らし、肩を丸めるスピレウス。
「今の話は、忘れてくれ」
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