第31話 ヴンダール迷宮 第4層 夜明け前 ④

 おれは自分自身に向けて〝旋風〟を放った。わき腹から胸にかけて強い衝撃が走り、おれは斜め後ろに大きく吹っ飛ぶことになった。


 おかげでヴァンパイアの攻撃を避けることはできた。しかし当たり所が悪かったのか、内臓がひっくり返りそうなほどの痛みが走る。おまけに体は屋上でバウンドし、そのまま錐もみしながら建屋と建屋の隙間に真っ逆さま。


 おれは咄嗟に〝アーラアクィラ〟で空中を踏みしめ体勢を調整する。頭から落ちるよりはマシだろ? いずれ来る恐ろしい運命を受け入れるよう自分に言い聞かせる。


 直後、背中に強い衝撃が走り、息が止まった。肺の空気が一気に出たのか、もはやうめき声すら出ず、陸に打ち上げられた魚のように口をぱくぱくさせて地面をのたうち回る。


 エミリウスは前を向いたまま死ね――何かに縋りつこうと必死に伸ばした指先に、剣の柄が当たったとたん、呪いにも近い叔父の言葉が突如として思い起こされた。


 近くに居るのはわかっていた。無様なおれの姿を見てあざ笑っているんだろ? お前ら妖精種はいつだってそうだ。おれたち人間を見下すように、時に憐れむようにじっと空虚な瞳を向け続ける。


 身体の奥で熱が灯るのが分かった。熱はあっという間に体中に広がり、おれは気がつけば剣を手に立ち上がっていた。

 ヴァンパイアの顔から薄ら笑いが消える。探索者になるまでの半生を、おれは妖精種と人を殺すことに捧げてきた。おれの親父も、祖父も、曾祖父も、代々同じことを続けてきた。その集大成がこれだ。


 おれは腹に力を入れ、無理やり肺に空気を送る。


 もう一度剣を構え、周囲のエーテルを掴む。


 要は最後まで抗うのがエミリウス家の家訓ってやつだ。諦めなければ道は開ける。開けなくとも受け入れられる。


 そして今回はどうやら、前者だったらしい。


 ヴァンパイアは空を仰ぐと、忙しなく視線を巡らせた。どこか狼狽えているようにも見える。もしかして、もうそんな時間か?


 予想は的中した。ヴァンパイアは一度だけおれに向かって甲高く叫ぶと、大通りに向かって走り去って行った。


 大空洞から吊るされた太陽に光が灯ったのは、そのすぐ後のことだった。

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