第30話 ヴンダール迷宮 第4層 夜明け前 ③

 おれが悠長に階段を使っている間に、こいつは屋上から飛び降りたのだろう。それにしても、液状化から元に戻る速度がどんどん速くなっている気がする。


 建屋を背にしたくないおれは、抜いた剣をくるくる回しながらゆっくり歩き、相手との位置関係を調整した。通じているかは分からないが、人間相手だとこういう動作が魅せるちょっとした余裕や強がりが、勝敗を決する一因になったりもする。予想外の事態に陥ったからって慌てふためくのは論外だ。内心はどうであったとしてもな。


 おれはヴァンパイアに向かって剣を振りかぶった。何度も言うが、追い込まれた時こそ先手を取るってのがおれのモットーだ。


 対するヴァンパイアは距離を取ると同時に口から赤い液体を飛ばしてきた。イグに見せた手だ。おれは身体を回転させながら躱すと、そのままの勢いでヴァンパイアの胴体を一閃した。


 恨めしそうにこちらをじっと見つめながら、液状化していくヴァンパイア。おれは〝旋風〟を起こしヴァンパイアを吹き飛ばす。


 さあ、こっからはかくれんぼとしゃれ込もうぜ。おれは小路に身を翻し建屋の間で息をひそめた。

 ヴァンパイアがどういう方法でおれたちの位置を探知しているのか特定はできないが、元々斥候部隊に所属していたおれにとって隠密や索敵は得意分野だ。この土俵で負けるわけにはいかない。


 おれは魔術での探知を防ぐため、エーテルへの干渉を切断し五感を研ぎ澄ます。ヴァンパイアの放つ血の臭い、そして水っぽい足音のようなものを頼りに、おおよその位置を特定しつつ距離を取る。どうやらヴァンパイアはおれの位置を掴めていないらしい、やはり視覚情報と魔力探知で索敵を行っていたのか。


 このままかくれんぼで時間を稼げればよかったのだが、そうそう上手く事が運ぶわけもなかった。ヴァンパイアは数分もしないうちにおれのことを諦め、逃げたカレンシアたちに標的を変えたのか、急速に遠ざかっていく。


 それでは困るんだ。おれはヴァンパイアの注意を引くため〝アーラアクィラ〟を起動させる。これで奴の注意を引けなければ大声を張り上げて〝発光〟でも使うしかないが、少なくともその心配はいらなかった。


 ヴァンパイアが建屋から建屋にものすごい勢いで飛んできているのが分かった。


 おれは慌ててその場を離れようと足早に歩きだす。背後でぺちゃりと何かが音を立てたのが分かった。


 振り向く必要はなかった。ここは建屋に囲まれた狭い小路で、逃げ場はそう多くはない。おれは余計な事は考えず一気に〝アーラアクィラ〟で上空に駆けあがった。


 間一髪だった。すぐ足元をヴァンパイアが飛ばした液体が通り過ぎる。せめておれにもう少し魔力があれば、このままこいつが届かないくらい空高くまで駆け上がってやれるんだが、おれにはすぐ近くの建屋の屋上によじ登るのが精一杯だった。


 おれを追って壁伝いに屋上まで追ってくるヴァンパイア。おれはぶった切ってやろうと振り向きざまに剣を振るう。


 やっちまった。完全に読まれていた。後ろに飛び退かれ、見事なまでに空かされた剣が空を切る。

 ヴァンパイアが意地悪そうな笑みを浮かべながら指先から真っ赤な液体を飛ばしてくる。避け切れない――おれは目を閉じ覚悟を決めた。

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