第29話 ヴンダール迷宮 第4層 夜明け前 ②
カレンシアの腕が下がり、徐々に障壁が薄くなっていく。
「ごめんなさい、そろそろ……」
絞り出すような謝罪の言葉に、おれは静かに頷き立ち上がった。
障壁が消える瞬間が勝負だった。おれはイグのアーティファクトを起動させ、カレンシアに向かって指を立てる。5から始めた。そして指を一つ折る。
4――
突然消えるくらいなら、少しくらい早くても自分のタイミングで障壁を消した方がマシだった。
3――
おれの強がりを自信だと受け取ったのか。指の数が少なくなるにつれ、カレンシアの硬い表情に少しだけ安堵の色が混じる。
2――
薄くなった障壁に誘われて、ヴァンパイアの攻撃がいっそう増した。それでもおれはカウントを止めるつもりはなかった。
1――
マルスに祈れ。そして障壁は消え、行き場を失ったエーテルが光の粒子となって宙を舞う。
その瞬間、おれはイグのアーティファクトを使って〝旋風〟を起こした。
旋風はヴァンパイアの飛ばす液体状のエーテルを巻き込むことで、その美しい渦を顕現させながら窓の外へ飛ぶ。おれはその渦を追うようにバルコニーに躍り出た。
通りを挟んで対岸の建屋の屋上に、きょとんとした顔でヴァンパイアは立っていた。まさか打って出るとは思わなかったのだろう。
おれはあっちから仕掛けてくる前に、助走をつけてバルコニーから跳躍する。ヴァンパイアとおれを隔てる通りはどちらかと言えば幹線道路に当たる。とてもじゃないが普通の跳躍で届く距離ではなかった。――しかし、今のおれなら届く。
おれは地面が近づく前に、左足で更に跳躍し、対岸に立つ。
何も空を飛ぶのは鳥や虫だけに許された特権ではない。少なくともこの〝アーラアクィラ〟の前では、空も地面も踏みしめる対象になる。
おれはヴァンパイアが距離を取る前に、剣を抜き去った。
先ほどと同じように、斬られたとたん液状化して大きな水溜まりになるヴァンパイア。その隙におれは対岸を振り返った。
仲間たちが部屋を後にし、暗闇をかけていく姿が見えた。よし、ちゃんと全員動けるみたいだな。
おれは向き直ると、ヴァンパイアが水溜まりから元の姿に戻る前に、急いで屋上から1階へ駆け下りる。
本当なら液状化しているうちに旋風で吹き飛ばしてやろうと思ったが、イグのアーティファクトもスピレウスのも、どちらも想像以上に魔力消費が激しかった。そう何度も連打できるもんじゃない。
だが、まだ仲間たちが夜明けを超えられるほどの時間を稼げてはいない。もう少しだけ踏ん張らなければ。
おれは建屋の外に出たところで足を止めた。
予想より早く元の姿に戻っていたヴァンパイアが、先回りするように、おれのことを待ち構えていた。
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