第28話 ヴンダール迷宮 第4層 夜明け前 ①
エーテル時計は午前5時、夜警時法で言えば既に最後の夜警時を指していた。
大空洞の天井から吊るされた機械仕掛けの太陽は午前6時に点灯する。スピレウスが言うには点灯と同時にヴァンパイアはあの箱の中に戻るそうだ。
しかし、問題なのはカレンシアの魔力残量だ。予想よりもずっと減りが早い。いくら高出力の障壁を維持しているからといっても、アイラ以上の魔力量を持つカレンシアが、こんなに早くへばるのは異常だった。
ヴァンパイアの攻撃に何か仕掛けがあるのかもしれない。例えば攻撃対象の魔力を吸収できたり、エーテルに作用するような能力を持っているのかも……。
だからといってどうすることもできないのが現状おれが置かれている立場だ。今はただ、この部屋の中でカレンシアの障壁が夜を超えてくれることを祈る以外に方法はない。
そしてそれは、イグの腕はもう元に戻らないという事実の裏返しでもある。夜明けが来ればおれたちは助かるが、同時に生物に及ぼされたすべての事象は確定してしまう。そうなれば治療師が司るウェステ神の力で以てしてもイグの腕を元に戻すことは叶わない。イグもそれは覚悟の上なのか、一言も発することなくカレンシアの奮闘をじっと見つめていた。
カレンシアが自力で立つことも出来なくなったのは、それから数十分もしない内のことだった。
「大丈夫か」
床に尻餅をついたカレンシアを、おれは抱きかか得るようにして支えた。一瞬だけ窓と入口を塞ぐ障壁が弱まり、ヴァンパイアの攻撃で大きくうねりを上げた。
「す、すいません……」
すぐにうねった障壁を押し返すように両手を広げ、エーテルを追加するカレンシア。汗が顎から滴り膝に落ちる。結膜は充血し、エーテルと反応した角膜と同じくらい赤く染まっている。
もってあと10分ほどか、おれはカレンシアを除いた全員を集め、障壁が破れた瞬間に備えた。
「イグ、お前のアーティファクト貸してくれるか?」
「構いませんよ。でもこのアーティファクトの所有者はテリア様です。丁重に扱ってください」
イグは首に下げたネックレス型のアーティファクトをおれに託すと、肩の荷が降りたようにふぅっとため息を吐いた。
「スピレウス、魔力はあとどのくらい残ってる?」
「せいぜい数歩分ってとこだ。すまない、さっきの追いかけっこで予想以上に使ってしまった」
スピレウスの所持しているアーティファクトは室内戦に向かないため、イグのアーティファクトを使ってもらい、戦闘補助をしてもらおうと思っていたが……。
「これ、残りの魔力量で扱えそうか?」
スピレウスはおれからイグのネックレス型のアーティファクトを受け取ると、苦い顔をした。
「使ってみないと分からないが……はっきり言って自信はない。1発すら発動できずにぶっ倒れてしまうかもしれない」
スピレウスはそう言うと、申し訳なさそうにアーティファクトをおれに返し、そして続けた。
「まあ、心配すんなよ。そんなもん無くてもお前らが逃げ隠れする時間くらいは、きっちり稼いできてやるから」
この期に及んで何を言い出すかと思えば、まだそんなこと言ってんのか。おれは苛立ちを隠せなかった。
「お前のそういう根拠のない強がりが、あの化物を象ったんじゃないのか?」
思っても居なかった批判の言葉に、スピレウスがむっとした顔を向けた。おれは続けた。
「ただ死に場所が欲しかっただけなら、最初からおれたちを巻き込むな。贖罪がしたかったのなら、ここじゃあなく神殿にでも行けよ」
「何が言いたいんだ?」
この状況で仲間割れするつもりなのかと、全員が心配そうにおれとスピレウスの会話に耳を傾けていた。
「まだわからないか? お前が死んだら誰があいつの最後を見届ける? いったい誰が仲間たちにリーダーの最後を伝えるんだ? お前が皆から託されたのは死ぬことなんかじゃないだろう。燈の馬に頭を下げてまで、惨めな思いをしてまでクランに居続けるのは、もう一度、前に進むためのきっかけを待っているからじゃないのか? だったらお前がやることはひとつしかないだろう」
おれの言いたいことをやっと理解したのか、スピレウスが目を見開いて黙り込んだ。全く、こんなバカを担ぎ上げたお仲間どもに同情するぜ。おれは手を広げてスピレウスの前に出した。
「さっさとお前のアーティファクトを渡せ、おれが夜明けまで駆け抜けてやる」
「使うにはちょっとしたコツがいるぞ」
スピレウスは指輪型に加工されたアーティファクトを外すと、ためらいながらもおれの手に乗せた。
〝アーラアクィラ〟これはスピレウスの、いやフォッサ旅団の代名詞ともいえる貴重なアーティファクトだった。
「知ってる。これの持ち主だった奴から、聞いたことがある」
「そうか」
「おれが時間を稼ぐ、こっちのことは頼んだぞ」
イグとスピレウスのアーティファクトを手に、おれは外へ打って出る準備を始めた。最早これ以上の籠城は意味をなさない。相手の意表を突くためにも、そして皆が逃げる時間を稼ぐためにも攻めに転じるしかない。
そしてその時は、あっけないほど唐突に訪れた。
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