第23話 ヴンダール迷宮 第4層 東区画 捨てられた砦 ④
どのくらい眠っていたのだろうか。おれは衣擦れの音に目を覚まし辺りを見回した。
隣ではニーナが静かな寝息を立てており、扉の近くでイグが、ソファーにスピレウスがそれぞれ横たわっていた。
窓辺ではカレンシアが杖を抱えて座っている。見張りの順番がカレンシアに回ってきたということは、時刻は第3夜警時が終わるくらいか。
おれがゆっくり体を起こすと、カレンシアがびくっと体を震わせてこちらを向いた。
驚かせて悪い。そんなジェスチャーをしながらニーナを起こさないよう慎重に立ち上がり、カレンシアの隣に座る。
一瞬暗闇で誰だかわかっていなかったカレンシアも、エーテルの形でおれだと気付いたらしく、魔力での警戒を解いた。
お互い何もしゃべらなかった。何か気の利いた言葉でもかけてやればよかったのだろうが、相変わらず外から赤ん坊のような声は聞こえ続けていたし、なによりぐっすり眠る皆を起こすわけにもいかなかった。
なのでおれたちは無言で、少しずつ相手の出方を伺い合った。肘と肘をそっと寄せ合い、手の甲を触れ合わせ、互いの気持ちを量りながら、暗闇の中お互いの気持ちを探り合う。
一通りの駆け引きを楽しんだあと、退廃的でそれでいて刺激的な、ふわふわとした好奇心を免罪符に、おれたちは体を寄せ合った。
実を言うとカレンシアとこういう雰囲気になったのは初めてではなかった。ただ、男女の差し迫った情事なんかを、わざわざ誰かに語るような趣味もなかったため、これまで黙っていただけだ。
ちなみに今だってこれ以上語るつもりはない。
「そろそろ時間だ、次はおれの番だから、明日に備えてゆっくり休め」
「はい……」
皆が起きない程度にカレンシアの顔を赤くさせた後、おれは少しだけ早く彼女の見張り番を終わらせてやった。夜目が利くってのは便利なもんだ。誰にも見えない暗闇の中でもしっかり楽しめる。
カレンシアが寝床に横になったのを見届けてから、おれはそっと窓板の隙間から外を覗き込んだ。
ちょうど黒い影が、建屋の屋上で殺したトロルを捕食している最中だった。距離は100くらいか、安心できるほど遠くは無いが、すぐにこちらに気付く距離でもないだろう。
おれはこっそり持ち込んだ葡萄酒と恋慕の残り香を楽しみながら、黒い人影の動静を観察することにした。
トロルから比較する大きさは一般的な人間と同じくらいか。暗闇の中で活発化するという性質と行動パターンは〝グール〟に近いものを感じたが、その捕食方法を見る限り〝リャナンシー〟や〝ラミア〟などの妖精種に共通するものも感じる。遠目ではよく分からないが、どうもトロルの血というか、生気というか、体液を啜っているように見える。
更に観測を続けようとしたとき、おれはあることに気が付いた。
それは奴の纏っているエーテルの変化だ。
トロルを食う前後で、奴に付き従うエーテルの量が明らかに増えていた。にもかかわらずエーテルはどこか怯えていて、奴から離れたがっているような節すらある。
いったい奴に何が起こっている?
おれがその答えに辿り着くより先に、黒い影はトロルを跡形もなく食い終わると、立ち上がって周囲をキョロキョロと見渡していた。
最初は次の獲物でも探しているのかと思ったが、そうではなかった。
黒い影はぴたりとこちらを向いて止まると、凄まじいほどの咆哮を上げ空気を震わせた。
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