第22話 ヴンダール迷宮 第4層 東区画 捨てられた砦 ③
「どこまで話したっけ?」
「箱を夜通し見張ってたんでしょ? どうなったの?」
ニーナが先を急かすように言った。
「ああ、そうだった。夜中、だいたい第2夜警時くらいだったかな。俺たちは助けを求める叫び声で飛び起きたんだ。箱に何かあったってことはすぐ分かった。装備を整えながら皆で執務室まで駆け上がり、内側から閉じられた扉をこじ開けた――
でも、部屋には誰も居なかった。見張りをしていたメンバー二人の姿は消え、あの箱もなくなっていた。残ったのは大量の血だまりだけ、皆ここからどうすればいいのかわからなくなっていた。
そんな中、すぐ行動を起こしたのはやはりエッポだった。消えたクランメンバーと箱を探せ、あの血が二人分のものならまだ生きてる可能性がある――エッポのその一言で、すぐさまメンバー総出で砦内を捜索することになった。だが一向に箱もクランメンバーも見つからず、俺たちは捜索範囲を広げるため砦に滞在中の探索者に防衛を任せ、戦闘に長けたメンバーで砦の外へ出ることにしたんだ。それが最後の過ちだった。奴は最初から俺たちの戦力が分散するのを待っていたんだ」
スピレウスの話が山場に達したとき、大空洞の天井から吊り下げられたまがい物の太陽が消え、辺りは一瞬で暗闇に包まれた。
夜目が利くおれですら、第4層のこれはにはなかなか慣れないもんだ。暗闇を嫌ったカレンシアが咄嗟に〝発光〟を使おうとするのも自然なことだったのかもしれない。おれは止めようと手を伸ばすも、怯えたニーナがしがみついていたため身動きが取れなかった。
「明かりは駄目だ」
絶体絶命の状況で、カレンシアの口を塞いでくれたのはスピレウスだった。イグは見えているのか見えていないのか、事前に木板で塞いだ窓の隙間から外をじっと眺めている。
「明かりがあると奴に気付かれる」
スピレウスが声を落として言った。
「奴って……」
「そいつは、真っ赤な血の塊を、人の形にこねくり回したような生物だった」
近くで子供の泣き声のような悲鳴が聞こえた。ニーナが爪を立てておれの腕を掴む。
「ロドリック、あんたなら見えるんじゃないか?」
ニーナを引き剥がしたおれはイグを押しのけ、スピレウスに言われるがまま木板の隙間から外を覗き込んでみる。
暗闇の中、遠くで黒い人影が本部棟の最上階から飛び降りたのが見えた。先ほど見た箱の正体はあれか……。
「奴は主に視覚で獲物を認識している。夜目はかなり利くみたいだが、それに反して嗅覚聴覚は人並み程度だ。このままここに潜んでいれば見つかることはない」
スピレウスがおれの隣で外を覗き込みながら言った。
「結局、その日の晩はどうなった?」
「砦は壊滅していた。俺たち主力メンバーが戻ったときには、もう何もかも手遅れだったよ」
「その場で討伐できなかったのか?」
「そもそもまともな勝負になんてならなかった。近づくことすらままならず、犠牲を伴いながら何とか接近しても水のように手ごたえがない。魔術による攻撃も、異常なまでに高い魔術耐性に阻まれて、打つ手がなかった」
「でも何か勝機を見出したから、おれをここに誘導したんだろ?」
「まあな。だがすべては朝になってからだ」
スピレウスはそういうと皆に休むよう言った。
おれたちは見張りの順番を決めると、寝床に体を横たえた。
遠くに聞こえるトロルの咆哮や、誰かの叫び声に交じって、時折先ほど聞いた赤ん坊の泣き声のような音が響き渡る。
その音の距離が近づいたり遠くなったりする度、おれに纏わりつくニーナとカレンシアの腕に力が入るせいで、おれもなかなか寝付けずにいた。
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