第21話 ヴンダール迷宮 第4層 東区画 捨てられた砦 ②

「さて、どっから話すか」


 おれたちは砦からほど近い建屋の3階に陣取り、夜をやり過ごすことになった。ここはスピレウスが砦の監視のためによく使う場所らしく、簡易的なベッドや保存食、更には水源も確保してある便利な隠れ家だった。


「最初から話してくれ」おれは言った。


 スピレウスは少し考え込むと、わかったと呟き、ゆっくりと真実を語り始めた。


「まず、あの〝箱〟なんだが、あれは北区画の〝赤塔〟から見つけてきたアーティファクトだ。材質は魔法銀で、見つけた時は手のひらに収まる程度の大きさだった。

 見つけてきたのはリーダーのエッポ自身だった。あいつが自分でアーティファクトを見つけてきたのは初めてのことだったから、大層喜んでた。もちろん俺たちも同じくらい嬉しくて、誇らしく感じていたよ。

 そのまま地上へ持ち帰っても良かったが、売るにしろ所持申請を出すにしろ、アーティファクトの効力にある程度当たりをつけてからの方がいいって話になって、東区画の砦に持ち帰ることになったんだ」


 スピレウスは外を一瞥すると、水を一杯飲み干して続けた。


「それが最初の間違いだった。エッポの執務室で祝杯をあげながら、皆で〝箱〟を見つけた時の感動と、その前後の激しい戦闘での武勇をたたえ合ったあと。余興ついでに箱の魔法則を解き明かそうと、その場に居た全員が思い思いのアイデアを試すことになったんだ。まあ結局その場では何の成果も得られなかったんだが、それでもエッポがはしゃぎまわってる姿を見ると、誰一人として悪い気分はしなかった。

 問題は次の日の朝起こった。俺が異変に気付いた仲間に起こされたときには、箱は昨夜の倍ほどの大きさになっていた。しかも一緒に宴に参加していたクランメンバーの姿がひとり、見当たらなかったんだ。俺を含めた何人かは、底知れぬ怪しさを箱に抱いていたが、確信までは持てなかった。どうせ女を抱きたくなってこっそりキャンプに帰ったんだとか、偶然だとか気のせいだとか、周囲の言葉に流されて明確な対応策を打たなかったのが、第2の過ちだ」


「要するに、あの箱は人を取り込むって言いたいのか?」


「まあ、もう少し聞いてくれよ」


 スピレウスは首を伸ばし、もう一度窓から砦を確認したあと話を再開した。


「だからといって全く何の手も打たなかったわけじゃない。その日は箱に誰も触らせず、腕に自信のある見張りを交代で付けて、最上階の執務室で厳重に管理していた。何かあったらエッポは役に立たないから部屋からちゃんと追い出していたし、クランの主力メンバーはほぼ全員砦に待機させていた。だが甘かった。それは夜が最も更けた頃に突然始まったんだ」


 まるで今巷て流行っている夏の怪談話みたいだ。

 ニーナも同じことを考えていたのか、エーテル時計を片手に慌てて「ちょっと、トイレ」とカレンシアを誘って席を立った。そろそろ太陽が消えるから、明るいうちにトイレを済ませておこうって魂胆だな。


「今までの話を聞くに、さっきの箱は夜になると動きだすんだろ?」


「まあ、そうだな」


「ここは大丈夫なのか? 砦からそう離れてないみたいだが」


「安心してくれ、俺はこうやってたまにあの箱の動向をここから監視しているが、索敵能力はそれほど高くないらしく、今まで一度もバレたことはない」


 ならいいんだが……。


「戻ったわ。それで? その夜何があったの?」


 すっきりした顔つきのニーナとカレンシアが戻ったのを皮切りに、スピレウスはまた話を再開した。

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