第19話 ヴンダール迷宮 第4層 東区画 ②

 おれたちはキャンプで1泊した後、王宮へ向かうことになった。

 しかし問題はそのルートだ。現在第4層は王宮を中心に市街地が広がっており、王宮へ入るルートは大きく分けて三つになる。南区画から最短距離を進む経路と、東区画、西区画をそれぞれ回り込む経路だ。


 南区画から真っすぐ王宮へ行くルートは論外だ。燈の馬に属する者であれば最も安全な道のりになるのだろうが、今のおれにとって奴らと遭遇するのは死活問題になりかねない。


 西区画はキルクルスとかいう得体のしれないクランが闊歩しているらしい。急激に勢力を伸ばしたクランだということは、おそらく実力はピンキリだろう。それでも人間は群れるし、噂どおり手段を選ばない無法者だとしたら面倒だ。となると選択肢は残り一つ。


「何かあればいつでも協力する」というスピレウスの言葉を信じたわけではなかったが、おれたちは結局スピレウスに教えてもらった東区画のルートを進むことにした。

 東区画はトロルやシルフがわんさか居るらしいが、それでも他のルートよりはマシだろう。


「まずはフォッサ旅団が根城にしていた砦を目指そう」


 おれは広げた地図を畳みながら言った。


 砦はちょうど王宮の東門へ向かう途中にある。魔獣や妖精種の襲撃によって探索者が手放して久しい場所だが、スピレウスが言うにはまだ必要な物資が残っているとのことだった。可能なら回収しておきたい。それが無理でも素通りすればいいだけだ。


 おれたちは太陽の点灯と同時に、人目につかないようひっそりとキャンプを出発した。

 東区画へ続くこの大通りを進む探索者もめっきり少なくなった。フォッサ旅団は開放的かつ良心的なクランだったため、東区画はフォッサ旅団だけでなくフリーの探索者も多く、活気のある場所だったのに。今では魔獣しかいない。


「全員止まれ」


 先頭を歩くおれは、少し離れて後ろから付いてくる仲間に指示した。


「どうしたの?」


「トロルだ」


 大通りの先に魔獣〝トロル〟の姿を認めた。ニーナにはまだ見えていないらしく、何匹いるの? と首を傾げる。


「一匹だけだ。こちらへ向かってきている。向こうはまだ気づいていないみたいだし、そこらへんで待ち伏せしてやっちまうか」


 おれたちは小路に身を潜め、トロルが来るのをまった。


「どんな魔獣なんですか?」


 待っている間、カレンシアが緊張した面持ちで尋ねてきた。


「人型の魔獣だ。大きさは2メートルから3メートルほど、個体によって体格や体毛の量が違ったりするのは人間と近いが、どいつも狂暴で人に対する敵対心が強い」


「魔術は使ってきますか?」


「そういう噂もある。個体によっては魔術を使うものが居るとか居ないとか……おれは魔術を使うトロルなんて見たことないし、眉唾物だと思っているけどな」


 実際にトロルの分類は毎年魔獣のままだ。魔術を使うって話は別の妖精種をトロルと見間違えただけだろう。


「そろそろ来るぞ、作戦通り頼む」


「はい」


 足音が近づいてきた。カレンシアがエーテルを掴んで魔術の用意をする。トロルの姿が見えた。


「点火」


 トロルがこちらを振り向くと同時に、カレンシアの火球が、その醜い顔面を焼いた。


 脂肪の臭いが立ち込めるより先に、トロルが顔を抑えて悲鳴をあげるより前に、おれは跳躍からトロルの喉を掻っ切った。


 焼ける顔と、喉を抑え込むように手を当てながらうつ伏せに倒れこむトロル。おれは討伐証代わりにトロルの指を切り取ると、皆を連れてすぐその場を離れた。

 大きな音や振動に魔獣は引き寄せられる傾向がある。今回はうまいこと不意打ちに成功したため周囲の魔獣に気付かれたってことないだろうが、念を入れるに越したことはない。


「ここらで十分だろう」


 ある程度離れた建屋の一室に、おれたちは休憩がてら腰を下ろした。


「修行の成果は出てるみたいだな」


 簡単な食事を取りながら、おれはカレンシアの魔術出力の調整を褒めた。


「アイラさんのおかげです。もっといろんなことを教わりたかったんですけど」


 アイラはあの後も少しパルミニアに滞在していたが、カレンシアに魔術のいろはを叩きこむとまたどこかへ消えてしまった。いったい何が目的だったんだあいつは。まあ、どうせまたひょっこり戻ってくるだろうけど。


「ここからの敵は強敵ばかりだ。アイラにも教わっただろうが、今みたいに戦闘はなるべく静かに行う」


「はい」


「役割の分担はその場で臨機応変に変えていくが、君の場合は防御が最優先だってことも忘れるな。今の君ならわかるだろうが、おれの障壁の硬度はかなり低い、その上属性変換も起こせないから物質的な干渉もできない」


「あてにするなってことですね」


「けん制だけなら私でも、ちょっとはできるんだからね」


 ニーナが肩に引っかけた弓を揺らしながら言った。いつも持ってる大荷物をイグが背負ってくれているおかげで、ニーナも身が軽そうだ。


 正直言うとニーナに荷物を持たせてイグがおれと一緒に前線に立ったほうが安定すると思うが。口に出すとニーナがまた機嫌を悪くしそうなため黙っておく。

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