第18話 ヴンダール迷宮 第4層 東区画 ①

 数日後、おれたちは第4層のキャンプから少し離れた建屋の一室に潜んでいた。

 ここらへんは探索もほとんど終わっていて、なおかつ王宮、赤塔、神殿といった第4層の要所のどこにも繋がらない道であるため、キャンプにそれほど離れていない場所にも関わらず人通りが少ないのが特徴だ。密会をするにはもってこいの場所だが、今日おれが待っている相手は女ではない。


「本当に大丈夫なの?」


 珍しく誰よりも小さな声でニーナが言った。


「ああ、いざってときは打ち合わせどおりに頼む」


 ニーナの不安も分からなくは無い。第4層以降は魔獣も手ごわいためギルドの監視もおろそかになるし、おまけに今はクラン同士の緊張感が高まっている時期でもある。そんなときに必ずしも良好な関係とは言えない相手と、人気のない場所で待ち合わせするなんて自殺行為だと思っているのだろう。


 しかし待ち合わせ場所を選んだのはおれだ。ここら一体は民家らしき高層集合住宅が立ち並ぶ一角で、しかもその建築基準は帝都のそれより甘いときた。あくまで建材が破壊不可能だという前提での建築構造なのだろうが、おれの魔術の前では木も鉄も強度は大して変わりはしない。


 それに、人通りが少ないとはいえ位置的にはキャンプの中心地から数百メートルも離れていない場所だ。騒ぎを起こせばすぐに人は集まるし、当然私腹を肥やすことに躍起になっているギルドの職員も駆けつけるはずだ。


 ノックの音が響き、緊張が走ったのはその時だった。


 金属製の扉を叩く音は1回。鍵は掛かっていない。


 ゆっくり開かれる扉、おれたちは全員武器を取って臨戦態勢に入った。


「おいマジかよ。随分な歓迎だな」


 扉の隙間から体をねじ込むように現れたのは、長い黒髪と無精髭の――軽率そうな男だった。

 しかし、かなりのやり手だってのは一目でわかった。床に根が張ったような重心の取り方、その割に浮いているかのような柔らかい足運び。どこかで何らかの訓練を受けたことがある証拠だ。元軍人か何かだろうか。


「テリアから話は通してるって聞いてたけどなあ」


 男は頭を掻きながら、まいったな……と取り繕うように笑ってみせた。


「名を名乗れ」


 おれは言った。


「スピレウスって言えばわかるか?」


「ノックで合図をするって聞いてたが」


「ああ、そうだった」


 スピレウスは今更ながら、開いた扉を指でコツコツ叩いて見せた。2、1、3、示し合わせた通りの打ち方だ。おれは武器を下ろす。


「おれはロドリック。詳しい自己紹介が必要か?」


「いや、あんたらのことはテリア様から聞いてるし、それにあんたほどの有名人に自己紹介を求めるほど自惚れちゃいない。エミリウスロドリック。見えない剣を使うんだろ? それに切れない物は無いとも。迷宮の壁をぶち抜けるってホントか?」


「どれも噂に尾ひれがついてるだけだ」


「そうか、そりゃ残念」


 スピレウスはため息交じりに腕を組んだ。


「早速本題に入るが、おれの仲間のダルムントって男の姿を王宮で見たって話、詳しく教えてくれ」


「ああ、構わんよ」


 スピレウスは意味あり気に笑みを浮かべたあと、坦々と続けた。


「俺があの一団を見かけたのは数日前、南区域から真っすぐ王宮へ向かうルート上でのことだ。男2人、女2人のパーティーで、その内の二人を俺は知っていた。ウィルヘイムリスと、アンバーラノだ」


「何者だそいつら?」


「ちゃちな探索者さ、ただその二人が所属しているクランは〝燈の馬〟の息が掛かっている」


 確かにおれが所属していたころから燈の馬は、いくつかの小規模なクランと協力関係にあったが……まさか、ダルムントの行方不明は燈の馬が絡んでるってことか?


「あんたはダルムントと話したのか?」


 おれは言った。


「おう、世間話ついでに、ちょっとだけな」


「どこへ行くと言ってた?」


「ウィルとアンバーは案内役として雇われただけらしく、行先は知らなかった。ダルムントもただ付いていくだけだと、シェーリって女はエーテルに導かれているとかなんとか言ってたが、とにかく方向的には王宮へ向かっているようだった」


「そうか、ところでシェーリの履いていた靴は似合ってたか?」


「いや……サイズがいまいち合ってなかったし、男物のようにも見えたが……」


 どうしてそんなことを聞く? スピレウスがおれの突拍子もない質問に隠された意味を探ろうと眉をしかめたが、おれはそれ以上こちらから何か情報を与える気はなかった。


 おそらくダルムントたちは〝揃い靴〟に導かれながら進んでいたのだろう。そしてそれをこいつに教えなかったということは、ダルムントやシェーリのようなお人好しから見ても、信用できるような出会いではなかったのかもしれない。


「なあ、あんたフォッサ旅団の幹部なんだろ? どうしてテリアなんかの言いなりになって、こんなパシリみたいなことしてるんだ?」


 おれは情報の真偽をこの目で確かめるため、もう少しこいつと話をすることにした。


「そんなの決まってるだろ、金だよ」


 はっきりとそう言い張るスピレウス。おれは更に質問しようとしたが、スピレウスがそれを遮るように続けた。


「と言いたいところだが、実を言うと理由は他にある。安心してくれよ、これはちゃんと俺にもメリットがある行動なんだ」


 スピレウスはその物言いに関わらず、浮かない表情をしているようにも見えた。


「俺たちフォッサ旅団が東区画に作った砦が、魔獣に落とされたって話は聞いてるか?」


「まあ、だいたいは」


「砦を落とされたことにより失った物は北区画へのアクセス方法だけじゃないんだ。今は燈の馬に頭を下げてなんとか王宮を通行させてもらってるが、もはやこの状況で燈の馬との力関係を維持することなんて出来ない。現にうちの新入り連中なんかは中央区画を通る際、燈の馬の連中から通行料と称する略奪まがいの被害も受けている」


「おれが燈の馬の縄張りで、引っ掻き回してくれるのを期待してるってことか」


「まあ、歯に衣着せぬ言い方をするなら、そんなところだ。でも俺が本当に期待しているのは、あんたが正義を成すだろうってことだ」


「おれには最も遠い位置にある言葉だと思うけどな」


「そう思ってるのはあんただけかもしれないぜ」


 真面目な顔でそう言ったスピレウスに対して、ニーナやイグが先に笑ってしまったもんだから、おれは笑い飛ばす気分ではなくなってしまった。


 ともあれ、結局情報の真偽に関わらず、ダルムントを探しに行く他ない。おれはスピレウスの期待に応えて、もうひと仕事頼むことにした。

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