第17話 路地裏の追跡者 ④
「聞いたわ。探索は順調に進んでいるようね」
おれは鴨肉のローストを掴んだ手を止めた。折角の御馳走が不味くなりそうなほど鋭い皮肉だった。
「ええ、おかげさまで。しかし、王宮方面へ向かうのは時間が掛かりそうです。まずは第4層のキャンプを中心に探索を進めながら、周囲の情報収集と地盤固めを行って、それから王宮へ赴こうと思っております」
おれは大した探索もせず帰ってきた事実に対し、それっぽい言い訳をつけて説明してみた。テリアはにっこり微笑むと続けて詰問した。
「第5層へ行くまでに、具体的にどのくらいの期間を予定しているのかしら?」
「フィリスたち燈の馬の動向次第ですが、最低でも二か月は必要と思われます」
「それはフィリスたちの妨害があることを考慮しての時間?」
「いいえ、不干渉という名の、彼女らのささやかな協力を期待しての時間です」
「そう……もしフィリスたちの妨害があったら?」
「深層へ進むのは不可能としか……現状彼女らが私たちの道程に一切干渉しないと仮定しても、かなり厳しい道のりになるでしょう。ましてや妨害など、考えたくもありません」
「うまく行くことを祈るしかないわね」
「ええ、今からでもフォルトナ神殿への貢物を用意することをお勧めしますよ」
おれのこの何気ない一言について、特に気の利いた返しを期待していたわけではなかった。なんなら別に無視して次の話題に行ったって良かったのだが、それでもテリアから返ってきた言葉は、おれが知っている彼女から出たとは思えない言葉だった。
「私は神々に自分の行く末を託すのが苦手なの」
カッシウスは元をただせば神官職から出世した一族で、彼女の父親であるヴンダール自身も信心深く、毎年多くの神殿に供物を捧げ、皆が面倒くさがる祭祀役も快く引き受けてきた印象がある。
その父親に育てられた彼女が神々を信じないとは、子供というのは親の貴賤に関わらず、導きどおりには歩かないもんだ。
「まあ、次のギルド定例会議までに何かいい方法がないか考えておきます」
おれは言った。そろそろ腹も膨れてきたし、何か上手い理由をつけて帰るか。そう思って葡萄酒を飲み干した直後だった。
「それで、ここからが本題なんだけど」
テリアの言葉におれは思わずむせてしまった。さっきの小言が前座を務めるほどの嫌な話がこれから始まるってのか?
「貴方に伝えるか迷ったんだけど、ちょっとだけ耳に入れておきたい情報があって」
テリアは父親譲りのもったいぶった仕草で話し始めた。聞きたくないと思っていた話も、この一言だけで早く続きを話して欲しいと思ってしまうのだから、やはり帝国の元老院議員で活躍した父親の血は争えないな。
「どういう情報ですか?」
「えっと、貴方が燈の馬を脱退してから一緒に行動するようになったお仲間に、ダルムントっていう大柄の男性が居たでしょ?」
「ええ、帝国東部のデカポリス出身の男です。礼儀正しく気のいい奴ですよ。今度テリア様にご挨拶するよう言っておきます」
言葉とは裏腹に、中々話の核心に迫ってこないテリアの態度に苛立ちを覚えていた。
「それは楽しみね」
でも――とテリアは付け加えた。
「でも? 何が言いたいんですか?」
「その彼のことなんだけど、ちょうど4日前、シェーリポラフ、ウィルヘイムリス、アンバーラノの三名と共に王宮方面へ向かうのを最後に、消息が途切れたって連絡があって……私、心配になってしまって」
「どういうことです? ダルムントが? またどうして王宮へ?」
「ごめんなさい、理由までは分からなかったの」
なんとまあ曖昧な情報だ。まさか、揃い靴に導かれて王宮へ向かったのか? でもあいつなら王宮がおれたちにとってどれだけ危険な場所か知っているはずだ。
にわかには信じがたい話だった。しかし一部を比較すると第4層の居酒屋に居た若い店員の発言と合致するようにも思える。
「情報の発信元は誰ですか?」
おれは情報の真偽を判断するのに最も重要な部分を尋ねた。
「私のささやかな協力者のうちの一人よ」
教えるつもりはないということなのか、それとも条件次第では教えてもいいということなのか。もったいぶったテリアの態度に、無意識のうちにおれは心境を顔に出していたらしい。
「詳しく知りたいって顔してるわね」
「当然です、ダルムントを探しに行くにしても、王宮方面へ行ったという情報だけで動けるほど迷宮の中層以降は甘い場所ではありません」
「それもそうよね、燈の馬の協力なしでは王宮へは行けないんだものね」
黙りこくるおれの様子をひとしきり楽しんだあと、テリアは続けた。
「他言しないことを条件に教えてあげる。情報を提供してくれたのは〝フォッサ旅団〟のメンバーよスピレウスって呼ばれてる男」
「スピレウスですか……」
聞いたことはあった。大手クラン〝フォッサ旅団〟の幹部の一人だ。現在は実質的なクランリーダーだとも聞いているが、そんな男がテリアの協力者だと? 金次第なら何でもするタイプの探索者だとしたら、とてもじゃないが信用に値する人物とは言えない。
「彼に貴方のこと、紹介しておくから、詳しくは彼から聞いてみて」
おれは謝辞の言葉を述べると、いつの間にか注ぎなおされていた葡萄酒を飲み干し席を立った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます