第13話 ヴンダール迷宮 第4層 石切場
「それで、手に入れた情報を勘案した結果、どこへも行かずに地上へ帰ることに決めたってわけですか」
イグがおれから手渡された鉱石を両腕に抱え、信じられないと言った様子で睨みつけていた。
第4層二日目、朝のことだった。
「語弊があるな、正確にはここ、南区画の端っこで鉱石を採ってから帰るんだ」
おれはおれで、大空洞の壁面にびっしり張り付いた空色の美しい鉱石と睨めっこを続けていた。
「あんまり大きく切らないでよ。ダルムント居ないんだから、運べなくなっちゃうわ」
「わかってる」
おれは鉱石に通す剣筋をイメージし終えると、自前で組んだ足場の上で剣を構え〝装剣技〟を発動させる。
ほんの一瞬剣が走り、遅れて風が通り抜けて行ったあと、壁から一抱え分の鉱石がずり落ちた。
「こんくらいでどうだ?」
地面にどさっと鉱石が落ちる。特に賞賛の声は上がらなかった。自分で言うのもなんだが、ちょっとでも剣術に通じる奴が見れば、今すぐ弟子にしてくださいと乞うほどの絶技だと思うんだがな。
「こんなの大きすぎて運べない。二つに分けてよ」
しかも賞賛どころかクレームまでつく始末だ。おれはもう一度〝装剣技〟を使うと、黙って鉱石を切り分けた。
「せっかくの魔術をこんなことに使うなんて、勿体ない」
鉱石を抱えた帰り道、イグが不満そうに呟いた。
「正味1時間程度の労働で、300セステル近い稼ぎになるんだぞ。これの何が勿体ないっていうんだ?」
「金銭が必要であればテリア様に頼めばいいでしょう。貴方の魔術は現状、第6層を突破できる唯一の手段なんです。なのにこんな下らないことのために貴重な魔力を使うなんて、テリア様がどんな気持ちで迷宮攻略を依頼しているのかもしらずに……」
イグの見当はずれな忠誠心に、おれは思わず鼻で笑ってしまった。
「お前が主人のことをどれほど崇拝しているのかは知らないが、テリアがおれを迷宮の最深層に行かせる目的だって結局のところ金だぞ? おれと違うのは手に入れたい金額の桁だけだ。崇高な理想や尊い理由をいくら並べても、あいつにはカッシウスの血が脈々と受け継がれている。つまるところ、おれとあいつは同じ種類の人間だってこった」
「テリア様を、カッシウス家を愚弄するような発言は止めてください」
イグが語気を強めた。
「テリア様はそのようなあさましい理由で迷宮攻略を援助しているわけではありません。あの方はただ、亡き父上のために……」
イグが言葉に詰まり鼻をすすった。その隙におれは地面に唾を吐いた。
亡き父親のため? 反吐が出る。弔い合戦の替わりにこんなことをしているのだとしたら、おれなんかよりよっぽど業が深い。なんてったって自分の命を晒さずに、人の命で正義感を満たそうとしているのだから。
おれの不遜な態度に、血が出そうなほど唇を嚙みしめるイグ。
「ロドリックさん、もう止めてください」
窘めたのはカレンシアだった。
「私はロドリックさんが何をどういう風に考えてるのか、そのすべてがわかってるわけじゃないんですけど。きっと本心では、この迷宮を通じて関わった人たち、そのすべてを取りこぼさずに居られればいいって思ってるんですよね」
こいつもこいつで何を言い出すかと思えば、全く下らない。
「おれが取りこぼしたくないのは、金を得る機会だけだ」
「そうやって嘯くのは、期待に沿えないのが辛いからですか? 大丈夫ですよ。取りこぼしたものだって、勇気をだして振り返れば、いつでも拾い集めることができるんですから」
口笛でも吹いて一蹴してしまおうかと思った。しかし、気がつけばおれは足を止めて振り返っていた。
イグはまだ仏頂面のままだったし、ニーナはきょとんとした顔を向けていた。おれはまだ、漂う哀愁の理由を思い出せないままでいた。
「いちいち振り返らずに生きていくほうが、格好いいだろ――」
あの時も、確かこういうふうに返したはずだ。
「それでも振り返って、一つ一つ手を振りながら生きていくんです。そうしないと――」
「心の場所がわからなくなっちゃうから?」
おれは言った。
カレンシアが目を丸くした。
「なんで、わかったんですか? あれ? 私前にも同じこと言いましたっけ?」
「そうだな……まあ、どちらにせよ、見当はずれな台詞だったが」
その言葉とは裏腹に、おれは少し分からなくなっていた。自分がなぜここにいるのか。これから何がしたいのか。そして誰からの訓戒だったのか。
またわからなくなってしまったんだ。
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