第12話 ヴンダール迷宮 第4層 キャンプ ④

 そうやっていくつかの店を梯子し、有益な情報を手に入れた頃には随分いい時間になっていた。


 おれは宿場街に戻りニーナたちと合流する。


「悪い、待たせたな」


「別に、私たちもさっき戻ってきたところだし」


「何かいいもの売ってたか?」


「あんまり、男が好きそうな食料品ばっかりだった」


「そうか」


 そのとき、おれは覚えのある香りがニーナから漂っていることに気付いた。


「この香り、なんでアーティファクトが起動してるんだ?」


 おれはニーナの腕輪を見た。借金の肩代わりに取り上げられたおれのアーティファクトが、わずかに周囲のエーテルを吸引し、かぐわしいレモンの香りに変換している。しかしニーナの魔術適正ではアーティファクトを起動することは出来ないはずだった。


「カレンシアにやってもらったの」


 大袈裟に腕輪を揺らしながらカレンシアを指す、皆の視線がカレンシアに集まると、少し照れくさそうに微笑んだ。


「アーティファクトって便利ですね、ほんの少しの魔力を通すだけで、あとは自動的に動いてくれるんですから」


 ニーナに渡した腕輪型のアーティファクトは、効果こそレモンの香りをまき散らすだけの物でしかなかったが、効果時間は最大で1時間くらいほど続くはずだった。


「まあどうでもいいが、探索に行くときは絶対に起動するなよ。魔獣や妖精種を呼び寄せる可能性もある」


「わかってるわよ。試しに今日だけ使ってみたの!」


 頬を膨らませるニーナ。対照的にカレンシアは申し訳なさそうに目を伏せた。


「それで、そちらの首尾はどうだったんですか?」


 イグが懐疑的な視線をおれに投げる。


「まずまずだ。なかなか興味深い情報も手に入れたし、少なくとも明日の予定は決まった」


「詳しくお聞かせくださいますか?」


 イグの表情が安心に緩んだとき、しびれを切らしたようにニーナが言った。


「それで、いつまでここで立ち話すんの? お腹減ったから早く宿に帰りたいんだけど」


「結局、夕食はどうするんだ?」


「適当に宿で食べる」


 何故かニーナの機嫌が悪くなっていた。本当に面倒臭い女だ。一人でさっさと行こうとするニーナを追いかけるようにおれたちも後を続く。彼女の歩幅は短いから、1ブロックも行かないうちに追いつくだろう。


 だがその途中。何の前触れもなく、忽然と大空洞を照らす光が消えた。

 暗闇の中、人々は静まり返り、ため息の合間に場を和ませるような笑い声がぽつぽつ響く。


「発光!」


 一拍間をおいて、威勢のいい詠唱と共に目の前に光が灯る。


 それに負けじとキャンプ中から次々と、〝発光〟の魔術詠唱の声が響く。

 松明を掲げたようにまばらだった光は、どんどん増えてあっという間にキャンプ中を包んでいく。


「もうそんな時間なんだ」


 ニーナが腰から下げたエーテル時計と、流れるように灯ってゆく光を追いながら呟いた。


 この大空洞の中心から吊り下げられた巨大なアーティファクトは、直視すれば目が眩むほどのまばゆい光で毎日大空洞全体を照らし続けているが、ご丁寧なことに夜警時に入るころにはこのようにぷつりと消えてしまう。次に光が灯るのは地上の日の出と連動してだ。


 なので、このキャンプでは滞在している魔術師が、夜になると自主的に発光魔術でキャンプ中を照らして回ることになっている。もちろんこのキャンプでは地上のような発光魔術に関する規則や法律は適用されないため、各々が好き勝手に魔術を使い、ものの数分で昼間以上の明るさが、キャンプ中を包むことになる。


 その光景を前に美しいと感じるのか、それとも焦燥感と恐怖に呑まれそうになるのかは人それぞれ。この中ではおれは後者だ。そして意外なことに、イグも後者だったらしい。唇を噛み、目を細め、感情を凍り付かせようとしているのが分かった。戦場では皆そうやって、これから襲い来るであろう敵襲や、あるいは襲い掛かる予定の相手を、同じ血が通った人間だと考えないようにする。


「二人とも何呆けてんの、置いていくよ」


 ニーナに言われてはっと我に返った。イグも同じこと考えていたのか、おれを一瞥すると複雑な表情で歩き出した。


おれの目には一瞬だけ、ここが戦場に映っていた。水で消えない業火に包まれ、血と肉の臭いと怒号と悲鳴に囲まれた廃墟だ。


 この光景が本物になる日がいずれ来るのか、それとも既に通ってきた道のりなのか。はたまた副作用が見せるただの幻覚なのか。

 

 どちらにせよ、すっかり食欲は失せちまったみたいだ。




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