第11話 ヴンダール迷宮 第4層 キャンプ ③

 誤解を避けるために言っておくが、歓楽街などと言っても数店の居酒屋と、多少の宿泊設備付の居酒屋が集まっているだけのほんの一角に過ぎない。

 そもそも迷宮に入れるのは身分を問わず探索ギルドに登録した者だけに限られるし、地上で稼げる娼婦がリスクを負ってまで迷宮に足を踏み入れるとも思えない。探索者側だってまともな奴ならすっきりするのは地上に戻るまで我慢するはずだ。しかしダルムントはまともな探索者ではない。

 ある居酒屋で腰を下ろし、おれほどではないが比較的面のいい店員に奴のことを訪ねると、答えはすぐに帰ってきた。


「ダルムントさんなら、先週まで、毎日のように顔を出してくれてましたよ」


 若い男の店員が顔を赤くしながら、意味深な間を含ませて言った。おれはその言葉が示す意味をなるべく考えないようにして質問を続ける。


「ここ数日は?」


「見てませんね。お仲間さん方と探索へ行くとおっしゃってましたが、僕はてっきりロドリックさんと一緒だと思ってました」


「こっちで合流するつもりだったんだよ。それで、どこへ行くと言ってた?」


「それが……はっきりと決まっている感じではありませんでした。ただ、どこへ行くにせよもう少し仲間が必要だというようなことは言ってました」


「遠出する感じだったのか?」


「どうなんでしょう……必ずしもそういう訳ではないと思うんですけど、最近どの区画も物騒ですから、それで頭数を揃えたいと思ってらっしゃったのではないでしょうか」


 確かに第4層ともなれば、どこもかしこも危険だらけだろう。しかし店員の口ぶりは最近の情勢変化を伺わせるものだった。


「物騒って何かあったのか?」


「そっか、ロドリックさんここ最近、下層に来てませんでしたね」


 若い店員は皿洗いを終えると、他の客からの注文が無いのを一瞥して、カウンターに身を乗り出した。


「フォッサ旅団が所有してた東区画の砦が魔獣に落とされたってのは知ってます?」


「耳に挟んだ程度には」


 〝フォッサ旅団〟は探索ギルド所属の大手クランのひとつだ。東区画と北区画の一部を縄張りに探索を行っている連中だったが、数か月前、おれたちがちょうどカレンシアと出会った頃に東区画の砦を失ったと聞いた。


「それが原因で、フォッサ旅団は北区画の〝赤塔〟に行くまでのルートを、東区画経由から王宮のある中央区画を突っ切るルートに切り替えたらしいんですけど……」


 若い店員が言わんとしていることが大体理解できた。中央区画は同じく大手クラン〝燈の馬〟の縄張りだ、フォッサ旅団と燈の馬は昔からあまり良好な関係とは言い難かった。そんな二つの大手クランが同じ場所で探索をするってことはつまり……。


「燈の馬とフォッサ旅団で揉めてるってことか」


 おれは言った。


「そのとおりです。最初は円満にやっているように見えたんですけど、近頃じゃかなりの頻度で揉め事が起こってるらしくて、このキャンプ内でもたまに喧嘩騒ぎが起こったりする始末でして」


 おそらくこの店も迷惑を被ったのだろう。若い店員が苦い思い出を噛み潰すような顔で述べた。


「フォッサ旅団の連中は西区画からの迂回は考えなかったのか?」


「西区画は今〝キルクルス〟って新興クランが我が物顔で暴れてるらしいですから」


 キルクルス――奴らの話は地上でもちょこちょこ耳にしていたが、どうも賊だか傭兵崩れの厄介な奴らだって話だ。噂じゃ魔獣だけじゃなく探索者も手に掛けるとかなんとか。


「ロドリックさん、もしかして今からダルムントさんを探しに行くんですか?」


 若い店員が期待の眼差しを向けてきた。まるで恋人の帰りを待ち焦がれる乙女の瞳だ。


「そうだな……」


 おれは曖昧な返事を返すとカップに残った葡萄酒を一気に飲み干した。


「帰ってきたら、すぐに店に寄るよう伝えてください!」


 去っていくおれの背中を追いかけるように、鼻にかかった鬱陶しい声が聞こえた。せめてこいつが女だったら、ダルムントをだしに一回くらい抱けたかもしれないのに。


 おれは何とも言えないやり切れなさを胸に、次の居酒屋に足を踏み入れた。

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