第10話 ヴンダール迷宮 第4層 キャンプ ②
第4層は現行の迷宮探索事業における中心地点とも言える場所だ。〝空〟と呼ばれる青色の鉱石に覆われた大空洞には、誰が作ったのか、どの時代に繁栄していたのか、そのすべてが謎に包まれた無人の城郭都市がすっぽり収まっており、街の中心にはかつて異国の王が所有していたのであろう豪奢な王宮が聳え立っていた。
探索者たちから〝ソーサニア〟と呼ばれているこの都市は〝王宮〟と〝城下町〟の二つに、更に〝城下町〟は東西南北の四つに分類される。
その中でギルドがまともに掌握できているのは、おれたちが昇降装置で今しがた下りてきた南区画だけ。他の区画は未だに通りや広場を魔獣や妖精種が跋扈している危険な場所であることには変わりない。もちろん原住民らしき者を確認したという声は、今のところ一つも上がって来ていない。
おれは昇降装置を引くための奴隷や監督官、そして地上から降りてきたばかりの探索者。更にはそいつらにゴミを売りつけようとする業者らを掻き分けながら、巨大な柱が聳える大広場を抜ける。通りを行き交う人々の流れに沿って先へ進むと、流れの淀んだ場所にギルド管理下のキャンプがあった。
整然とした街並み、活気のある商店、にぎわう人々、それらを見るとまるでパルミニアの繁華街にでも降り立ったような錯覚に陥る。
元々は浴場施設の跡地だった場所を、探索者たちが水場として利用し始めたのがこのキャンプ発足のきっかけだった。最初は簡単な仮眠施設と治療師のための祭壇、ぼったくり価格の露店(これは今でも存続している)が並ぶだけの小さな一角でしかなかったが、近くに昇降装置が設置されてから、ギルド主導で大掛かりな魔獣討伐とキャンプの拡大が行われた。
この昇降装置設置から始まった一連の大事業により、手軽に潜れる第1層から第3層が探索し尽くされ、廃れかけていた迷宮探索事業は息を吹き返すことになる。
「それで、ここからどうするの?」
探索者用の宿泊施設が集まっている一角で、一番上等な宿を見繕った後、ニーナが落ち着かない様子で言った。
「今日は情報収集だけで終えるつもりだ」
「情報収集は地上で済ませたのでは? どのような探索計画を考えてるのか詳しく教えていただけませんか?」
おれの言葉にイグが心外だと言わんばかりに突っかかってきた。
「あのな、第4層ってのは今じゃ迷宮の中心地点なんだ。クランの勢力争いや迷宮の攻略状況なんかはすべてここで整理され、地上へは浮き上がってこない情報だって多い。ここから先の探索を腕っぷしだけで切り抜けるつもりなら止めはしないが、それはお前ひとりでやってこい。おれは自分と仲間が死地へ向かう理由に折り合いがつけられるまで、どこへも行くつもりはない」
それでもイグは納得いっていない表情だった。結局おれとイグの押し問答は数分ほど続き、最後にはおれの頑なな態度に負けたイグが、テリア様に言いつけるだのなんだのと悪態をつきながら、何故かニーナとカレンシアの買い物に付き合って荷物持ちをすることになった。長くに渡る奴隷生活が、女性だけで買い物に行き欲望のまま買い散らかしたあげく荷物に埋もれて立ち往生することを許さなかったのだろう。
「私たちは何か面白い物売ってないか商店のほう見てくるから、夜はどこかで一緒に食べましょう」
「わかった。店はおれが予約でもしておこうか?」
「ううん、その時の気分で決めたいからいい」
そうか――おれは気の抜けた相槌を打ち、人波に消える3人を見送ったあと、胸によぎる寂しさに身を委ねて、あてもなく歩いた。
その結果、偶然辿り着いた場所が歓楽街だったってだけのことだ。
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