第8話 ヴンダール迷宮 昇降装置 ③

 昇降装置の弱点はそのまま注意事項に繋がり、同時に使用中の最たる死因にもなりえるという。


 そのすべてはこの世界で最も凶悪かつ、狂暴な種族の末席を担う生物〝ワイバーン〟の仕業によるものだ。

 空色の鉱石の中から時折現れては、昇降装置を利用する探索者を襲うその様は、迷宮からすれば不正行為とも取れる方法で攻略しようとする探索者を裁くトール神の雷とも取れるかもしれない。


 それならおれという人間は、こいつらにとって許し難い存在だろう。なぜならこの昇降装置の作成に携わった第一人者なんだから。


 おれは地面との距離を測りながら、飛び降りて逃げられる高さになるまで、どのくらい時間を稼げばいいのか計算した。地上ではワイバーンの接近に気付いた監督官が、奴隷たちに早く昇降装置を下ろすよう急かしている。なんせ相手は末席とは言え腐っても竜だ。戦わずに済むならそれに越したことはない。


「ロドリックさん、どうすればいいですか?」


 カレンシアが近づいてくる4つの影を見つめながら言った。その瞳は赤く染まり、握り締めた杖には魔力が迸っている。彼女が今持っている杖は、正真正銘ドライアドの宿木から作った杖だ。正確にはこの間倒したトレントの木片から作った杖。小さな木片から無理矢理作ったため、彼女自身の体重を支えることすら心許ない細杖だが、迸る魔力の一部が真綿のごとく染み込んでいく。いい杖だった。


「撃ち落とせるか?」


 おれは駄目で元々、カレンシアに尋ねてみた。


 おれの謹慎期間中、彼女も迷宮には潜らなかったみたいだが、おれのように太陽に焦がされ地上で干からびたり、ニーナのように全く違う人生を歩もうとしていた訳じゃない。来るべき日を想定して、ひたすら魔術の研鑽に励んでいたのだ。しかも師匠はあのアイラだ。みなぎる自信に違わない結果を出してくれるのかもしれない。


「やってみます」


 カレンシアは杖をそっと駕籠に打ち付け、周囲のエーテルを支配する。


 そこからもう異様な光景は始まっていた。


 いくら支配するエーテルの方向を限定させているとはいえ、まさかここからワイバーンまでの間に漂うすべてのエーテルを支配下に置くなんて、いったいどれだけの距離があると思ってるのか……規格外の魔力量がなせる驚きの戦法だった。


 そしてこの手順を踏んだということは、カレンシアはワイバーンを撃ち落とすのに、弾道を描く魔術を使用する気はないということだった。つまり――。


「点火――」


 発声と共に、まだ遠く羽ばたくワイバーンの一匹が、炎に包まれながら墜落していった。

 虚空から現れる不可避の炎、残った3匹は突然の同胞の死に驚き、それぞれ別々の方向に散っていく。カレンシアの支配したエーテルから離れることで追撃をかわしつつ四方から攻撃を仕掛けるって寸法だろう。それならここからはおれの番だな。


「カレンシアは障壁を頼む。イグとニーナは右を、おれは左を見る」


 カレンシアを左右から挟み込んで守る配置だった。


 しかし、その必要はないと彼女は首を振った。


「華炎!」


 おれたちを押しのけるように駕籠から身を乗り出して使った魔術は、単純詠唱とは思えないほどの大規模な攻撃魔術だった。


 支配下に置いたエーテルの半分を炎に、もう半分を風に属性変化させ、広い空洞の空をまるで咲き乱れる花のような炎で埋め尽くす。

 おれと迷宮探索事業に携わるまで、帝国の戦場を駆けまわっていたアイラが教えただけはある。殺戮用の容赦ない破壊魔術だった。


 散開したことで油断していたワイバーンはすべて墜ち、慌てていた地上の人間も度肝を抜かれたのかすっかり黙ってしまった。


 昇降装置で第4層に下りてくる新人としては華々しいデビュー戦だった。昇降装置の奴隷や監督官どころか、キャンプ周辺に滞在している探索者全員がこの騒ぎに気付いたことだろう。だがおれとしては目立つ行為はなるべく避けたかった。ニーナもあまりに規格外な魔術に対して思うところがあったのか、かける言葉が見当たらないでいた。


「素晴らしい、やはりテリア様のお考えに間違いはなかったようですね」


 魔術の余韻に浸り得意げに微笑むカレンシアに対して、イグだけが屈託のない賞賛の言葉で祝福していた。

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