第2部
酔っ払いのアルビトリウム
第1話 始動 ①
「違う! 何度言わせるんだこのノロマ。もっと踏み込むんだよ」
おれは葡萄酒を片手にそう叫んでいた。
パルミニアは夏の真っ盛りだった。
照り付ける日差しが石畳を焦がし、野良犬が足をひょこひょこ上げながら日陰を探して彷徨っている。おれは建屋の翳りに腰を下ろして葡萄酒を煽っていたが、それでも暑さを凌ぐのに十分だとは言えなかった。現にチュタはおれのポケットから抜け出し、とっくの昔に家の中へと引っ込んでいた。
「だから、なんでそこでお見合いしてんだって! どんどん前へ出ろ!」
おれは酒で焼け付く喉を鳴らしながら、木の棒を剣に見立てて遊ぶガキどもに更なる激励を飛ばす。
「そんなことしたら打たれちゃうよ」
ガキの一人が泣きを入れる。
「実戦じゃびびって腰が引けてる奴ほど先に死ぬんだ。打たれたくないなら相手との距離をつめろ。それが無理ならいっそのこと思いっきり距離を取れ。剣術ってのはメリハリが大事なんだよ」
「そんなに言うならおっさんがやって見せてよ」
「はあ? 誰がガキ相手にそんなめんどくさいことするか」
「口だけかよ」
ガキどもが呆れた様子でヘラヘラ笑い出した。
「どうせ凄腕の探索者だって言うのも嘘なんだろ」
「違う、ただ今日は暑いから日陰から出たくないだけだ」
おれがそう呟くと、ガキどもからどっと笑いが漏れた。
そして酔っ払いだの弱虫だのと、おれを罵倒する遊びが始まった。
「クソガキどもが、痛い目を見ることになるぞ」
温厚でとおってるおれも、さすがにここまでコケにされて黙っているわけにはいかなかった。残った葡萄酒を一気に流し込んで立ち上がると、日向までおぼつかない足で歩き、ガキの一匹から木の棒を取り上げて構えを取る。
「自信のある奴はかかってこい、なんなら全員まとめてでもいいぞ」
おれの構えが思っていたよりも堂に入っているように見えたのだろう、たじろぐガキどもの中から一番体格のいい奴が、恐る恐る前へ出た。
「テヘロの息子、トーリオだ」
どこかで見た騎士の名乗り文句でも真似ようとしているのだろう。震える心を押しとどめようと、不自然なくらい大きな声で名を名乗った。
「よしトーリオか、根性あるな。ご褒美に先手は譲ってやる。どっからでも打ち込んできていいぞ」
「舐めんなよ……」
トーリオは木の棒を何度か握りなおすと、若く大きな声を上げ、素人丸出しの構えから木の棒を打ち下ろしてきた。
目では完全に捉えていた。いなしながら距離を詰めてもいいし、後ろに下がって棒が落ち切ったところを足で踏み折ってもよかった。
しかしながら歳のせいか、はたまた連日の酒のせいか。体はおれの意思とは反して、もつれる足で地面に踏みとどまろうとするのがやっとだった。
「痛え!」
トーリオの振り下ろした棒はおれの頭をしたたか打ち据えると、その役目を終えるように二つに折れた。
一方でおれの二本の足も、とうとう地面を捉え続けることに疲れたようで、その役目を放棄して、尻に肩代わりをさせる決意を固めたようだ。
「ビビらせやがって、やっぱり口だけじゃねえか!」
ガキどもは大笑いしながら、壮大な尻餅をついて地面に転がるおれを棒で小突き回し、そのうちそれにも飽きると、どこか別の場所に遊びに行ってしまった。
「クソったれ……」
おれは這いつくばって日陰に戻ると、葡萄酒が入っていた小さめのアンフォラをあおる。
こんなことなら一口分くらい残しておけば良かった。
薄っすら残ったほんの一滴を受け止めようと、舌を伸ばしアンフォラの底を何度も叩く。横から邪魔が入ったのはそんなおれの努力がようやく実を結ぼうかってときだった。
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