第89話 エピローグ ④
「おい何考えてんだ?」
途中ですれ違ったダッカが驚愕の表情でおれを見送った。ダルムントは静かに頷きおれの意図を汲んだつもりらしいが、本音を言えば担いでるシェーリを置いてこっちを手伝って欲しかった。
列の後方では逃げ遅れた探索者を順番に噛み砕きながらトレントが向かってきていた。巨大な幹には血が滴り、うねうねと動く太い根には誰のか分からない肉片がこびりついている。
こんな馬鹿でかい化物とまともに対峙したって轢き殺されて終わるだけだ。あまり気乗りはしないがこの際仕方ない。
おれは走りながら装剣技を発動させると、エーテルを纏わせた剣を思い切り振りかぶった。
トレントは射程圏内。狙いを定め。ナイフ投げの要領で勢いよく投げ飛ばす。
エーテルを纏った剣が、浅い放物線を描いて巨大な的へ飛んでいく。
相手はアイラの氷柱でも貫けないほどの魔術耐性を持っているようだが、装剣技はほぼすべての耐性を無視できるため問題ない。ネックなのは獲物を投げてしまった際の魔力減衰だが、経験則上このくらいの距離なら何とかいけるはずだった。
案の定、剣は回転しながらトレントの口の中に滑り込み、木こりが斧を打ち込むときのような乾いた音と共に木片を散らす。てっきり剣は突き抜けるものかと思っていたが、幹の中で止まったらしい。思いのほか魔力減衰が早かったようだ。
ティティア派に所属する叔父の一人なんかは、ティティア派奥義の〝呪歌〟を用いて魔力減衰無しで防御不能の遠距離攻撃をひたすら繰り返せるというが、おれにはここらへんが限界だ。
トレントは喉に魚の骨が刺さったようにその場で何度もえずいていた。剣の回収は不可能になったが、まあ時間を稼げただけで良しとしよう。
失った物に見合う成果だと自分に言い聞かせながら、おれは踵を返し列の最後尾に合流する。
「リック! 心配したんだからもう!」
何とか休息所に滑り込み、扉を閉めてかんぬきをかけると。涙を浮かべたニーナが抱き着いてきた。その横からふざけてアイラも抱き着いてくる。
「大丈夫、自殺願望はないよ。それより、今日は疲れたな」
おれは深く息をつくと、その場にへたり込んだ。
周囲を見ると、同じように息を切らして床に倒れこむ探索者で溢れかえっていた。
〝ここまでくれば、もう大丈夫だろう〟
誰もそういう言葉を発したわけでなかったが、多くの者がそう思っていたに違いない。
悪態や水を飲む音が集団から漏れ始めると、次第にすすり泣く声は乾いた笑い声に変わっていった。皆悲しみより、今は生き残った喜びを噛みしめようとしているのだ。
少なくとも、地鳴りのような衝撃が休息所の壁にひびを入れるまでは、そういう雰囲気になりかけていたように記憶している。
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