第82話 ヴンダール迷宮 第3層 ドライアド ⑤

 一説によれば、エーテルとは、隠世に住まう神々の力の残痕だと言われている。

 おれたちは、悦に浸ってサイコロを転がしている神々の目をごまかして、エーテルを現世に顕現させる、いわばイカサマ師みたいなもんだ。このイカサマを魔術師は魔術だといい。おれも大体はそのように呼んでやっていた。


 手品師の腕前を考慮に入れない場合において、種や仕掛けの質が良いほど、披露するイカサマの完成度が高くなるのは当然のことのように、魔術も元となるエーテルの質によって、その完成度は大きく異なってくる。


 そして質の高いエーテルは、神々に近い場所に存在する。つまり隠世の深く、より深くから呼び寄せたエーテルのほうが現世に強い影響力を発揮できるのだ。


 今、シェーリがやろうとしていることも、それと同じ。


 勢いよく削られていく障壁を前にして、シェーリが急遽、障壁を作り直そうと顔を歪めていた。しかも、次はドライアドの魔術に対抗できるだけの、良質なエーテルを隠世の深くから持ってこようとしているのだろう。それは、大量の魔力を消費すると同時に、大きな苦痛も伴う。


 シェーリの瞳が燃え上がるように赤々と染まったと思えば、鼻からは汗や涙に交じって、血が一滴、また一滴と顎を伝って、深紅のローブに消えていく。


「もうひと踏ん張りだ!」


 おれも何とかかき集めたエーテルで、新たに障壁を張りなおす。次はおれがシェーリの障壁を内側から支える形だ。こうやって少しずつ半径を縮めながら、障壁を張りなおし続けられるのもサニア型多重障壁の特徴だ。おれたちにそんな魔力的余裕があるかどうかは別として……。


「ユーリ……ほら、ちゃんと見て、私たち、これでずっと一緒だよ……」


 シェーリの足元がふらつきだした。魔力切れが近いのか、妄想と現実の区別も付かなくなってきたようだ。


「しっかりしろ! 早く障壁を張れ!」


 おれは肘でシェーリを小突く。集まったエーテルが十分か不十分かは分からないが、いずれにせよ、もうここいらが限界だった。


 隠世は海だ。力量を超える深さまで潜れば、自力では戻ってこれなくなる。

 このまま続ければ、隠世にのまれてシェーリは消えてしまう。


「明かり――星と――篝火――」


 シェーリの前でエーテルが収束する。


「障――壁――」


 彼女に意識が残っていたかは定かではない。

 だが、そのとき確かに、詠唱は完了したのだ。

 今日一番の出来である『障壁』が、目の前に広がった。


 障壁はドライアドの『花の歌』と一瞬だけせめぎ合った後、強烈な光を放って消えた。


 おれは咄嗟に目を瞑る。そして誰かに呼ばれて、恐る恐る目を開いた。

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