第81話 ヴンダール迷宮 第3層 ドライアド ④
ドライアドの使う固有魔術は『花の歌』と呼ばれる精神作用型の魔術だ。
効果は範囲内に居る人間を強制的に眠らせ、深い夢の世界に誘うと言えばわかりやすいだろうか。
『花の歌』はそれ自体に殺傷能力がない代わり、魔術障壁でしか防ぐ方法はない。しかも障壁で減衰させても魔術効果は薄まらないため、防御の際は完全に相殺することが絶対条件となっている。
しかしながら、障壁を用いた魔術戦となるとこちら側が完全に不利だ。もちろんこの展開を想定していなかったわけじゃないし、対策しなかったわけでもない。シェーリとは何回か練習したし、この時のために魔力も温存してある。
だけど、いくらおれが博打好きだからって、ここまで分の悪い賭けは、正直やりたくなかったってのが本音だ――。
おれはドライアドが魔術を使う直前に踵を返し、間一髪シェーリの隣に立つと、空いた手で印を刻んだ。シェーリもほぼ同時に準備を終える。
これを最後に使ったのは、まだアイラがパーティに居た頃のことだった。確か――第5層で遭遇した妖精種、ナックラヴィーの毒霧から皆を守るために、二人で力を合わせたんだっけな。
おれは懐かしい思い出を胸の奥で噛みしめながら、自分自身を中心に、あの時と同じような、半円状の『障壁』を展開させる。
おれの『障壁』は帝国が定めた7段階の障壁等級制度に照らし合わせると、最低等級の硬度しか持たない上、ドライアドとは先天属性で不利な立場にもある。
とてもじゃないが、おれひとりでは、ドライアドが使う魔術に抗うことなどできない。
だが、今は違う。少なくとも孤独な戦いを気取るほど、ひとりぼっちに慣れてるわけではない。
「私が、絶対に守ってみせるから!」
おれの薄っぺらで頼りない障壁の内側から、シェーリが意思のこもった、力強い障壁を展開させる。
これこそがおれたちの、ドライアドの『花の歌』に対抗するための、とっておきの一手だった。
本来なら、上位魔術師が一人で使うことを前提に開発されたサニア型多重障壁。それを今回、二人がかりで再現して見せた。
出来栄えは悪くなかった。自画自賛するつもりはなかったが、練習のとき以上に美しく〝成った〟障壁だった。どうやらおれとシェーリの魔術的な相性はなかなか悪くないらしい。
しかし、それでもいざドライアドの『花の歌』を目の前にすると、仮初の自信も一瞬で翳りを帯びてしまった。
〝エーテルは量より質を重んぜよ〟
魔術の基本にして絶対となる法則が、何度も頭の中で警鐘を鳴らす。
今、1枚目を担当する、おれの障壁が破壊された。
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