第77話 黒い帳 ④
強欲な店主から上質な魚醤を買い取るのは至難の業だった。
具体的な取引内容としては幾ばくかの現金に加え、これから手に入るであろうドライアドの果実すべてと引き換えになってしまったが、その価値はある取引だったと信じたい。
おれはその翌日、仲間たちを探索ギルドの待合室に集めると、作戦の要旨を説明した。
「やることは単純だ。盾を持ったダルムントを先頭に、全員で魚醤をぶちまけながら少しずつ宿木に向かって前進するだけ。ダルムントの大盾には宿木が寄生していた樹木と同じブナの木材を打ち付けておくからかなりの時間を稼げるはずだ。その間に出来るだけ距離を詰めるぞ」
「その宿木と同じ木材を使うってやり方はよく耳にするんだが、実際どんくらい効果があるんだ?」
懐疑的な様子でおれの話を聞いていたダッカが手を挙げて言った。
「最初の数十秒は8割方のドライアドを行動不能にできるはずだ。その後は個体にもよるが時間経過で効果は薄れていく。相手は妖精種だ。かならず通用するなんて必勝法はない」
「じゃあ私からも質問。ドライアドが使う固有魔術はどうするの? 私の障壁じゃ1発目しか防げないけど」
どうせ1発も防げないだろう。シェーリにそう言ってやりたいのをぐっと堪えておれはドライアドの固有魔術である『花の歌』が発動する条件を説明する。
「ドライアドの固有魔術は魔術師相手の対抗策みたいなもんだ。発動条件はおれの知る限り、魔術の使用または宿木への直接攻撃の二つだけだ。今回の作戦を遵守して、お前が魔術を使用しなければ気にする必要はない」
もう終わりか? おれが全員を見渡したところで、もう一度ダッカが口を開いた。
「魚醤はどうやって持ち運ぶ? バケツにでも入れて持っていくのか?」
「バケツじゃないが、全員で分担してかなりの量を持っていくつもりだ。最悪何往復かすることも考えてる」
シェーリがすぐに不満の声を漏らした。
「私、そもそもドライアドに、魚醤をうまく引っかけられる自信ないんだけど」
「それについても問題ない、女子供でも扱える便利な道具を用意する」
そのあとも仲間たちからの不安や不満の声は続いたが、その都度おれは出来る限り丁寧に説明を繰り返した。
そして作戦の手順、それが失敗したときの対処をいくつかの段階に分けて話し合い。翌日は丸一日を準備と休息に当て。更にその次の日の夜深く、酔っ払いたちも眠りに就こうかという頃。おれたちは密かに第3層に向けて出発した。
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