第71話 ヴンダール迷宮 第3層 花園 ⑨

 出口がなかった。


 おれが入ってきたはずのアーチ型の入口はいつの間にか、影も形もなくなっていて、おれは自分の浅はかさを恨むと共に、この状況をどうやって打破するべきか考えを巡らせていた。


 まず思いついたのは装剣技を使用して壁をくり抜くことだ。装剣技を使用すれば周囲のエーテルを変質、消費させるため、その場合は十中八九ドライアドに気付かれるだろうが、捕まる前に壁を抜いて逃げてしまえば問題ない。もちろん壁の先に通路があればの話だが。


 次に思いついたのは、装剣技を使うところまでひとつ目と一緒だったが、その用途が違っていた。

 愚かにもおれはこの部屋にいるドライアドを全部ぶったぎった後、カレンシアを抱えて悠々と凱旋する自分の姿を想像してしまっていた。

 馬鹿馬鹿しくて、思わず失笑してしまう。


 とりあえず、もう少し様子を見るか……。

 おれは一息つこうと柱に背中を預けた。


 ――ああ、今でも馬鹿なことをしたと思ってるよ。


 でもまさか、柱が倒れるなんて思いもしないだろ?


 作った奴らの手抜き工事のせいなのか、はたまた長年の劣化が及ぼしたものなのか、いやこの際理由なんてどうでもいい。


 部屋中に響き渡るほどの鳴動と地響きの後、砂埃の奥からぞろぞろとやってきた、ドライアドたちをどうするか考えるほうが先決だった。


 おれを始末するために動き出したドライアドは、結局全部で6匹、いくらなんでも多すぎる。この時点でおれは、戦うことを半ば諦めていた。


「ロドリックさん……?」


 おれが背を向けて逃げようとしたときだった。

 目を覚ましたカレンシアが顔を上げ、今にもかれそうな細い声でおれの名を呼んだ。


「に……げて」


 ひび割れた唇を開いて、必死で危険を知らせようとしている。

 この期に及んで、自分のことより、おれの心配だって?

 全く、どいつもこいつも……。

 そんな顔されると、また馬鹿な事、しちまいそうになるじゃないか……。


 おれは剣を抜いて臨戦態勢に入った。


 はっきり言ってここから先は全くのノープランだ。

 さすがに、ここに居るドライアドを全部倒してカレンシアと一緒に悠々脱出できるなんてこと思っちゃいないし、都合よく誰かが助けてくれるなんてのんきなこと考えてるわけでもない。


 だがこういう時は良いことだけを思い浮かべるもんだ。運よく突破して宿木を装剣技で切り倒せば、その時点でおれの勝ち。カレンシアに格好いいところを見せられるし、事件は解決、カノキスの鼻もへし折ってやれる。


 おれは大きく息を吸い込んで、迷いとリスクを頭のどっか奥のほうへ押しやると、宿木を守っているドライアドたちの右脇から、回りこむように突っ込んだ。窮地に追い込まれたときこそ、先手を取るってのは大事なことだ、心理的にもな。


 予想通り、近い側に居たドライアドは、身を守るより先に、おれの進路を塞ぐように蔓を展開させた。


 妖精種は正気ではないが、獣でもない。もしおれに脇を通り抜けられでもしたら、宿木が危険に晒されてしまう。そのことを憂慮できる程度の知能はあるせいで、こいつらはどうあがいてもそれを防ぐことに力の大部分を注ぐしかない。それがこの最低最悪の状況化で、おれが唯一持つ有利な点。生かさない手はない。


 おれは蔓を何本か切り裂いて、更に宿木へ近づく、振りをする。

 その行動に脅威を感じたのか、とうとう6匹全部が守りを捨て、おれをどうにかするために大量の蔓を伸ばしてきた。

 おそらくこれが、おれにとって最初で最後のチャンスだ。


 ドライアドとの距離を再度確認し、きたる方向転換のため重心を低く取る。


 足に絡み付こうとした蔓を飛び上がって避け、頭を潰そうと吹っ飛んできた蔓を前転でかわしながら、それでも宿木へ向かって突き進む。


 今すぐ方向転換してドライアドをぶった切りたいって気持ちを堪え、すべての蔓が伸びきるギリギリまで引きつける。


 ようし、仕込みは十分だ。

 ちょうど良いタイミングで、必要なだけのエーテルも集まった。


 おれは通せんぼするように大きく広がった蔓を目の前に、踏み込んだ右足に全神経を集中させ、体を捻りながら一気に方向を変える。

 目標は宿木ではなく、ドライアド。もちろん今回は出し惜しみなんてしない、最初から全力で行く。


 『装剣技』によって、魔法銀のように青白く輝く剣身が、ドライアドの真っ白な腹の中に沈み込み、甘い香りと共に真っ二つにする。まずは1匹目。


 伸びきった蔓を引き戻すのは間に合わないと判断したドライアドが、エーテルで『障壁』を展開させる。


 おれは思わず感心してしまった。こいつらこんなに完成度の高い『障壁』まで使えるのか! もしかしたら地上にいるドライアドとは、全く違う性質を持っているのかもしれない。研究者が知ったら垂涎ものだろう。まあどちらにせよ、おれの『装剣技』を相殺できるほどのものじゃないが。


 おれは障壁ごと2匹目を斬殺する。


 返す刀で――3匹目。


 もう1匹連れて行こうと剣を振りかぶったときだった、エーテルの囁きが聞こえて、おれは咄嗟にその場を飛び退いた。


 すぐ目の前を、左右から挟みこむように蔓が打ち下ろされた。


 クソ! もう時間切れか。


 おれは剣を振り回しながら、ドライアドから距離を取った。

 残るドライアドは3匹、半分持っていけたってのは戦果としては上出来の部類に入るだろうが、相手は妖精種。獣と違って同じ手は通用しない。次は真正面からの力比べになる。どうしたもんか……。


 対するドライアドも、こちらの手を警戒しているのか、ちょっとした硬直状態が続いた。


 時間にして一分もなかっただろうが、息を整え、エーテルを集めるには十分すぎる時間だった。


 カレンシアを見る。ダメ、ダメ――と僅かに首を横に振ってはいたが、諦めかけていたその瞳に、もしかしたら助けてもらえるかもしれないという、希望の光が宿っているのが、おれにはひしひしと伝わっていた。


「おれが、お前ら妖精種相手に、尻尾を巻いて逃げ出すような人種だと思ったか?」


 おれはドライアドに向かって唾を吐くと、剣を構えなおして、深く呼吸をした。


 さあ、マルスに祈れ。

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