第67話 ヴンダール迷宮 第3層 花園 ⑤

 その日の夜、結局なんの成果も得られなかったおれたちは、第3層の休息所で食事を済ませた後、ひと眠りする前にこれからのことを話し合っていた。


「それで、明日も花園を調べるのか?」


 楊枝で歯の隙間を弄っていたダッカが、含みを持たせるような言い方をした。あれだけ花園に固執していた奴が、ここにきてどうしたというのか。


「もちろんよ。私はあそこが一番怪しいと思うもん。ドライアドの花があるのに、宿木が近くにないわけないし、あそこにないならどこにあるっていうのよ」


 自信を無くしたダッカに代わって、シェーリが確信めいた表情で答えた。そして同意を促すようにおれを見るが……おれは何も言わず肩をすくめる。


「とりあえず、明日はもう一度花園方面に行ってみて、何の手がかりも得られないようなら、そのときに別の場所を調べればいい」


「別の場所ってのはどこだ?」


 ダルムントの当たり障りのない提案に、ダッカが意味もなく食って掛かる。特に深く考えていた訳でもないダルムントが、困ったように頭を掻いた。


「花園がダメなら、おれは石碑の部屋を調べてみようと思う」


 もういい加減ダッカのひねくれた態度に付き合うのもイライラしてきたため、おれはダルムントに助け舟を出してやるつもりで口を開いた。


「石碑って、西区域にあるやつか?」


「そうだ。花園がある南区域からはだいぶ離れてるが、第3層にある如何にも怪しそうな場所っていったら、そこくらいしか思い浮かばない」


「アーティファクトが示してる場所からは、離れすぎてる気もするが……まあいいだろう」


 何故か上から目線のダッカ。今すぐこいつのアーティファクトを取り上げて、貯水湖にでも沈めてやろうか。


「じゃあ明日は取り合えず花園へ行って、何も見つけられなければ明後日あたりに西区域の石碑だな」


「それでも何も見つからなかったら?」


「そのときはそのときだ。もういいだろ、おれは寝る」


 おれは強引に話をまとめると横になった。明日もきっと、装剣技で壁抜きをさせられることになるだろうし、少しでも長く寝て魔力を回復させなければ。


 おれは目を閉じ、外套に包まった。


「そういえば前ギルドレイドで第3層に来た時に、他の探索者が言ってたんだけど、この休息所ってなんで泉の広場って呼ばれてるの?」


 普通はパーティーのリーダーで、しかもエースアタッカーが寝ると言ったら気を使って静かにするのがマナーってもんだ。しかし気が回らないのか、はたまた気を使うつもりがないのか、とにかくまだ寝るつもりのないシェーリが誰かに向かって問いかけていた。


「知らなくていいわ、下らない理由よ」


 そっけない口調で答えたのはニーナだった。おれを気遣ってか、さっさとあしらいたい気持ちがひしひしと伝わってくる。だがダッカは違った。


「俺が聞いたのは、数年前ギルドがこの場所に休息所を設置したとき、一部の探索者が休息所の場所を貯水湖と勘違いして〝泉の広場〟と呼び出したのが始まりだって話だ」


「え? それってかなりまずい話なんじゃない? だって、貯水湖と休息所を間違った人たちって……」


「お前の想像どおり、凄惨なことになったらしい」


「そうなんだ……だから初めて第3層に行くときには講習義務があるんだね」


 本当に下らない話だった。しかもまだシェーリは喋り足りなさそうだったため、おれはフードを深く被り、ふてくされるように眠りについた。


 ※※※


「ねえ、起きて」


 ニーナに肩を揺さぶられて目覚めた時には、近くを通る水路から聞こえる水音が、休息所で一夜を明かす探索者の寝息に交じって聞こえるほど周囲は静まり返っていた。


「なんだよ、小便か?」


 おれは重い瞼を擦りながら枕元に置いてあるエーテル時計を手に取った。時刻はまだ第3夜警時に入ったばかり、おれの荷物番の時間はまだまだ先だった。


「ううん、違う」


「だったら後にしてくれ」


 おれはニーナに背を向けるよう寝返りを打った。だがニーナは逃がすまいとおれの肩をゆする。


「起きてってば」


「いい加減にしろよ、いったいなんだってんだ?」


 おれは体を起こすと、声を落として凄んだ。

 泉の広場にはおれたち以外のパーティーも、一夜を明かそうと各々寄り添い合うように眠りについていた。こういうときは最低限のマナーとして、お互いの睡眠を邪魔しないよう静かに過ごすもんだ。この時間帯、荷物番をしていたニーナもそれはよくわかってるはずなんだが……。


「ちょっと話があるの、外出ましょ」


「今じゃないとダメなのか?」


「うん、私は今がいいの」


 こうなったニーナをもう止めることはできない。おれはため息を吐くと、観念して立ち上がった。寝転がるダルムントたちを起こさないようにゆっくり跨ぎ、静かに休息所の扉を開けて外へ出る。

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