第65話 ヴンダール迷宮 第3層 花園 ③
おれがリヴァイアサンと呼ばれる生物を見たのは、それが人生で2回目のことになる。
1回目に出会った奴は、その日のうちに兄貴たちと一緒にぶっ殺した。
まだ怖いもの知らずの十代後半だった頃の話で、周囲の山村からリヴァイアサンなんて大層な名前つけられてた癖に、蓋を開けたらただのデカいカーバングルというオチだったため、拍子抜けしたのを覚えている。
だが、第3層の貯水湖で出会ったそれは……まぎれもなく、リヴァイアサンの名を冠するにふさわしい化物だった。
「助けてくれえ!」
「全員撤退! 全員撤退しろ!」
悲痛な叫びや怒号の中、最初に食われた同僚のことはもう顔すら覚えていない。何しろそこで探索団の2割ほどが食われちまったんだ。おれが助かったのは、まさしくアイラのおかげとしか言いようがない。
彼女の魔術は特に水とは相性がよかった。それでもリヴァイアサンに傷を付けることすら叶わなかったが、少なくともおれが這いつくばって逃げるくらいの時間は稼いでくれた。
「いやあ、まさに危機一髪だったね。あんなおっきい生物初めて見た。中々格好良かったじゃない」
「食われちまった奴らも居るんだ、不謹慎だぞ」
「でも私と貴方は生きてる」
アイラの軽い態度に、そのときのおれは呆れてため息しか出なかった。結局その日の探索は打ち切られ、おれたち調査団は失意のまま地上に戻ることとなった。
そして、次の探索で更なる問題が起きた。
第3層はその構造上、北区域から貯水湖を通り抜けなければ他の場所へは行けないことが判明したのだ。どれほど恐ろしく手ごわい魔獣が居たとしても、貯水湖を避けては通れなくなった。
「私が試しに行ってみる、もし無事に貯水湖を通り抜けれたら、みんなが後から続けばいいわ」
最初に行く人間を決める際、誰も手を上げなかった中でアイラだけが飄々と手を挙げた。試しにと言えば聞こえはいいが、実際はただの生贄みたいなもんだった。
「うちからも一人出そう、おいロドリック! 淑女をエスコートしてやれ!」
言い出したのは当時のおれの上官だった。ジルダリア王国のメンツを守るためだか何だか知らないが、クソ迷惑な話だ。
そんなに行きたいなら自分で行けよカス。とは言えないおれを見て、アイラは嬉しそうな顔で「死ぬときは一緒だね」なんて笑っていた。
結果としておれとアイラは無傷で貯水湖を抜けることができた。
湖畔を避けるように部屋の一番端っこ、壁沿いを歩いたのが功をそうすることになったのだが、そんなこと分からない当時のおれは、アイラの前を歩いている間、生きた心地がしなかった。
「大丈夫よ。貴方には幸運の美しい女神がついてるんだから」
彼女の魔力のこもった手が、歩いている間おれの背中を支えていた。ひんやりと冷たい、死人みたいな手のひらが。
無事、貯水湖を通り抜けた調査団は、以降順調に探索を続けた。
徘徊している魔獣は今出てくる奴らと大差なかったし、大所帯だったおれたちは貯水湖を抜けてからは、ほとんど無傷で探索を続けることができた。しかし、それも数日のことだった。
南区域の導水隧道の鉄格子を外し、暗渠の中を調べてみたいと言い出したのは、確かおれだったように記憶している。
そのときの調査団は3手に分かれ、西区域、東区域、南区域をそれぞれ分担して探索していたのだが、南区域を担当していたおれたちは帰還の日時が近づいているにも関わらず、他のチームと比べて大した成果を出せていないことに焦っていた。
「そこまでしなくていいんじゃない?」
アイラの助言に耳を貸さなかったわけじゃないが、見事暗渠の奥に隠された通路を見つけたおれたちは完全に舞い上がっていた。
そんなおれたちが花園で見つけた珍しい花を摘まないわけがなく(地上ではドライアドの宿木は花を付けない)案の定、ドライアドに襲われることになったおれたちのチームは多数の死傷者を出し半壊した。
またしても調査団は、やりきれない気持ちを抱えたまま、地上へと帰還することとなった。
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