第63話 ヴンダール迷宮 第3層 花園 ①

 カノキス曰く、1週間以内に宿木の場所を見つけ出せばいいとのことだったが、律儀に奴との約束を守るつもりはなかった。


 カノキスと会った翌日、おれは休息もそこそこに、ダルムントに今までの状況を説明しながら迷宮を進んでいた。


「うむ、状況は大体理解できた」


 ひと通り話した終えた後、ダルムントは大きく相槌を打った。長い付き合いでわかってきたが、こいつがこういう反応をするときは、話の内容にあまり興味がないときだ。おそらく本当に大体しか状況を理解してないだろう。しかし、それでも構わないというのがダルムントのいいところでもある。確固たる信念の前では、些細な状況の変化など論ずるに値しないということか。その精神力は羨ましいくらいだ。


「でも、ダルムントさん、本当に何があったのか覚えてないの?」


「ああ、すまないが、そもそも俺はその日1日、何があったかすら覚えてない」


 少しでもユーリの情報を知りたいシェーリが、朝から何度もドライアドに襲われたときの状況を尋ねていたが、すべて空振りに終わっていた。


「仕方ないでしょ、あれだけの大怪我を治すには、そのくらいの代償が必要だったのよ」


 遠回しに自分を非難されていると思ったニーナが、棘のある口調で言った。


「すいませんニーナさん、私、そんなつもりじゃ……」


 シェーリが咄嗟に謝る。治療師の祈りにより一日の記憶を失うのはよくあることで、その症状の過多は、治療師の力量と怪我の大きさに比例するというのは周知の事実なんだが……こいつ、ニーナに対しては滅法態度が弱いな。


「何もかも、直接自分の目で確かめるしかないってことだ」


 おれは二人を間を取り持つように言い、更にダッカに向けて続けた。


「おいダッカ! アーティファクトにはまだ反応がないのか?」


「まだだ……」


 先頭を歩くダッカが、面倒くさそうに首を横に振った。


「本当にそのアーティファクトは役に立つんだろうな?」


「ギルドの魔術師に調査してもらったんだ。間違いなく俺たちを宿木まで導いてくれるはずだ。最初の計画どおりこのまま第3層まで行こう」


 そしておれたちは、ダッカの履いている互い違いの靴に導かれるように第3層へと歩みを進めた。ダッカがわめき始めたのは、第3層への階段を下りてすぐのことだった。


「来たぞ! 来た! 足が、こっちに行こうとしてる!」


 ダッカは左足に履いている『揃い靴』を掲げながら、ほら見たことかと大声で叫んだ。


「シェーリ、どうだ?」


「待って、見てみる」


 おれは念のため、シェーリに周囲のエーテルを見てもらう。シェーリは赤く染まった瞳でひとしきりダッカの靴の周囲を観察すると言った。


「確かにエーテルがそのオンボロ靴に吸い寄せられてる。何かの魔法則が発動してるみたい……」


「だから間違いないって言っただろ。早く行くぞ!」


 足取りの軽いダッカに続いて、おれたちは北区域を抜け、貯水湖を迂回し、休息所を素通りした。

 誰も言い出さなかったが『揃い靴』がおれたちをどこへ導こうとしているのか、確信めいた予感があった。そのせいか歩くにつれパーティーの口数は減っていった。


 そして、南区域の水路沿いを行き、花園へ抜ける導水隧道の手前まで到達したとき、とうとうシェーリが足を止めた。


「わたし、ついて行かなきゃだめ?」


 おれは振り返った。よく見るとシェーリだけじゃない、ニーナの足も震えていた。おれは早々に気絶していたから分からないが、先日のドライアドとの戦いは想像を絶するものだったのだろう。


「休息所に戻っててもいいぞ」


 おれは言った。こうなってしまった以上、無理に仲間を巻き込みたくはなかった。

 行方知れずになった仲間を探すために迷宮へ潜るという行為は、探索を行う理由としては最も愚かなものだと言われている。生きて連れ戻せる確率は極めて低く、多くの探索者が準備不足のまま潜ろうとするため二次被害も発生しやすい。おまけに運よく仲間を助け出せたとしても一銭も稼げない。


「ううん、私はついていく」


 それでも愚かな探索者というのは一定数いるもんだ。ニーナはおれの手を強く握ると、強がるように悪戯な笑みを浮かべた。


「わたしも……ユーリを助けるまでは、一緒に行くから」


 シェーリも僅かに残っていた勇気を振り絞る。


「後悔するぞ……」


「とっくにしてるわ」


「そうか」


 得てしておれたちは愚かながらも慎重に、慎重に洞の中を進んだ。ジメジメとしたところも、不快な虫が這っているところも、前回来た時となにも変わらなかったが、おれたちの足取りは前とは比べ物にならないほど重い。


「予想どおりと言えば予想どおりだが、結局ここに行きつくわけか……」


 そして、おれたちはとうとう目的地に辿り着いた。


  そこは探索者の間で〝花園〟と呼ばれる一室で、ヴェステ神殿の広間と同じくらい高い天井を持った大広間の中央付近の床からは、石畳の隙間をかきわけるように、真っ赤なドライアドの花が咲き乱れている。


「ここだ……」


 ダッカは花を迂回するようにして部屋の奥まで歩くと、壁際に立ち足を止めた。


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