第62話 果実の行方 ⑪
「1年前、貴方が第7層の探索に失敗し、大量の犠牲者と損害を出してから、この迷宮探索事業の計画は大きく揺らぎ、主要クランの再編と力関係に急激な変化が生まれました」
「だからそのことに関してはこの前も謝っただろ、おれだって大変な目にあったんだ」
「まあ怒らずに聞いてください。私は、第7層の探索が事実上不可能になってから、その責任を取る形で深層の担当官を外されました。人間というのは酷いもので、あれほど私のことを慕い敬ってくれていた同僚たちも、ひとたび船に穴が空けば、蜘蛛の子を散らしたように離れていきました。そんな私に追い打ちをかけるように下された辞令が、第3層の担当補佐官という、浅層のしかも補佐官という屈辱的な役職でした」
おれは何を言っても無駄だと諦め、頷きながら続きを促した。
こいつの言うとおり、おれにも悪いところはあったと思うが、カノキスが失墜したのは、はっきり言っておれだけのせいじゃない。魔術師のくせに、世俗的な派閥争いなんかに首を突っ込むからだ。
「もうこの組織に居続けても意味がないと絶望しました。いつか貴方が言ったように、探索者になるなり、宮廷に仕えるなり、もっと魔術師らしい生き方をしようかと真剣に悩んだものです」
カノキスはまるで大昔の感情を呼び起こすかのように、遠い目で揺れる荷台の帆を見つめた。
「第3層の担当官が不慮の事故で亡くなったのは、そんな失意の日々を過ごしていたときでした。どうやら私は貴方と違い、すべてのツキを使い果たしたわけではなかったようです。前任者に代わり、幸運にも第3層の担当官代理に任命された私は、もう一度主流に返り咲くため、次の人事配置が行われる前に大きな成果を上げようと、第3層で長年放置されていた〝花園〟の攻略に全精力をかけ着手することにしたんです」
「まさか……ガルム討伐のためのギルドレイドも、そのための布石に過ぎなかったってことか?」
「それはご想像にお任せします」
含みのある口調だ。おそらく肯定と考えていいだろう。
「それで? 専用のアーティファクトを仕入れたあと、綺麗さっぱり魔獣を駆除した第3層で、探索者を餌に宿木を見つける方法を思いついたってことか? 珍しくあんたらしくない方法を選んだな」
「まだ私に関して、少々誤解は残っているようですが、概ねの流れはそのとおりです。しかし、その中で一つ誤算がありまして」
「おれがここまで辿り着き、あんたらを追い詰めたことか?」
何がおかしかったのか、カノキスは吹き出しながら首を振った。
「残念ながら違います。答えは最初に私が言ったとおりですよエミリウス・ロドリック、こうなったのはすべて貴方のせいだと。ギルドレイドの初日、カッシウス浴場で魔術師二人とトラブルを起こしたこと、覚えておいでですか?」
あの生意気な若造二人か、最近のことだし、当然覚えちゃいるが……それがどうした? カノキスはおれの無言を肯定だと捉え、話を続けた。
「あの魔術師は、私が宿木狩りのために帝都から手配した魔術師でした。一人はドライアドの弱点属性である火元素の使い手、もう一人は現在帝国で3人しかいないと言われている〝扉の魔術〟の保持者です。両名とも、私が宿木、つまりドライアド討伐のために帝都から呼び寄せた魔術師でした。本来ならダッカ氏に囮役を任せ、扉の魔術師にアーティファクトを利用して宿木までの道案内を、そして火の魔術師で討伐を――という流れだったのですが……魔術師両名は貴方にやられたことに腹を立ててか、その日のうちに帝都に帰っていきましたよ。私の立身出世の計画は、図らずともまた貴方によって白紙にされたというわけです」
カノキスの話を聞きながら、おれは気まずい気分になっていた。だって、それじゃまるで……完全におれのせいみたいじゃないか。しかしそれとこれとは別だ、おれはすかさず言い返す。
「計画が白紙になったのなら、なぜその場で中止しなかった? あんたのせいで、おれのパーティーはほぼ壊滅したんだぞ」
「中止になどできませんよ。私にはこれが最後のチャンスなんです。どうあろうと進めるしかなかった」
進めるしかなかった? その言葉に、おれはひとつの冷たい予感が頭をよぎりながら腹の底に沈みこむのを感じた。皮膚が冷え、汗まで凍り付くような錯覚に身震いしながらカノキスに尋ねる。
「まさか、初めから、おれを巻き込むつもりでやったのか? 直接おれに仕込むのは無理だと踏んで、唯一おれたちと繋がりありそうな、シェーリたちを使って……」
「それはご想像にお任せします。ただ、貴方が協力してくだされば、扉の魔術がなくとも宿木に近づける可能性があるというのは事実です」
信じられないほどのクソに成り下がったもんだ。少なくともこいつはもう、おれの知る世俗的でどこか憎めない、人間臭い魔術師なんかではない。
自分ではどう思ってるか知らないが、カノキス、お前はもう立派な〝魔術師〟だ。自分の世界だけを信じ、それ以外には興味を持たず、刹那的に生きるだけのたちの悪い妖精種。
「おれに協力して欲しかったなら、最初から素直にそう頼めばよかったじゃないか……」
「頼めば協力していただけたとでも?」
「そんなの……頼んでみないとわからないだろう。おれが悪いにしたって、報いとしては大きすぎる。おれはドライアドに仲間一人を攫われた上に、もう一人は重傷を負って今も意識が戻らないんだぞ、これに関してあんたはどう責任をとるつもりなんだ」
「ダルムント氏なら先ほど意識が戻ったと連絡がありましたよ」
おれは思わぬ吉報に驚きを隠せなかった。苛立ったり喜んだり、忙しい一日だ。畳みかけるようにカノキスが言う。
「それと、もうひとりの攫われた仲間というのは、貴方が迷宮内で発見したという女性のことでしょう?」
「ああ、そうだが、何が言いたい」
「そもそも彼女、探索者でもないのにどうして迷宮にいたんでしょうね?」
「何言ってんだ? どうせ〝裏口〟を使ったんだろ。それに関しちゃあんたらギルド職員の方がよっぽど詳しいはずだ」
カノキスはわざとらしく考え込むように、顎に手を当て髭を指で撫でた。
「もしギルド関係者が訳あって彼女を〝裏口〟つまり非正規の手順で迷宮に招き入れたとしたなら、なんで今現在まで、貴方や彼女になんの接触もしないんでしょうかね? 仮にギルドが関わってないとするなら、探索者でもないのに迷宮に居た彼女の、記憶喪失だという主張をそのまま受け入れ、なおかつ保護するわけでも尋問するわけでもなく、貴方に預け放置するというギルドの対応。おかしいと思いませんか? いつもの貴方なら、すぐに疑いを持つはずなんですけどね」
おれは何も答えなかった。しばらく沈黙が流れ、車輪が道路を噛む振動だけが荷台を覆う帆の中に響く。
「それで、おれにどうしろと?」
おれが口を開くと同時に、馬車が止まった。目的地とやらに着いたのだろう。カノキスは満足したように大きく口角を上げた。
「ダッカ氏と一緒に『揃い靴』を使って宿木の場所を特定してください」
「特定後はどうする? ギルドレイドか?」
「いいえ、それでは他の担当官の介入を許すことになります。すべて私の力で解決したい」
つまり手柄を独り占めしたいってことか。
「じゃあどうやって宿木を守るドライアドを討伐する?」
「頼りになる魔術師を既に手配しています。1週間ほどでパルミニアに到着するはずです、討伐はそのタイミングで行いましょう」
おれは無言で頷いた。同意と取ったカノキスが「では、私たちの再結束、再出発を祝って、今夜は乾杯といきましょうか」と荷台の外へとおれを促した。
外はもうすっかり日が落ちて、小高い丘の上にそびえる属州総督の屋敷から続く光が、緩やかな弧を描きながらここまで続いていた。
「随分高価な店を選んだんだな」
ここらはパルミニアの一等地だ。点在する食事処はどれも帝都のそれに引けを取らないレベルの店だが、当然ながら値段も法外なものとなる。
「懐かしいでしょう、貴方が好きだった店を予約しておいたんですよ」
まさか、今日おれとこうなることさえ織り込み済みだったということか。〝ジンテグリアの奇術師〟の異名は伊達じゃないな。
「いえいえ、貴方には負けますよ〝一閃のロドリック〟」
謙遜するカノキスの手のひらには、いつも見えないサイコロがあると人は言う。
おれは今までそのサイコロには大した仕掛けは施されておらず、どの目が出るかは神々のみぞ知ることだと思っていたが。
どうやらその考えを改めなければならないようだ。
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