第60話 果実の行方 ⑨
「どういうこと?」
ダッカの行く先に目を凝らすおれを視線を遮るように、シェーリが前に立った。
「そのままの意味だ。あいつを裏で操っている奴が、他に居る」
「何でわかるの?」
「説明してる時間はない。お前ら二人は先に帰ってろ、おれは奴を尾行する」
脱いだ外套と剣をニーナに投げ渡し、シェーリを押しのけ走り出す。
「後でちゃんと説明してよね!」
投げかけられる文句を背中に受けながら、ダッカを追って広場からティベリウス通りの人波に紛れ込む。距離を離しすぎたせいで、見失ってしまったのでないかと一瞬心配したが、幸いにも人波の中ですぐ奴を見つけ出すことに成功した。
おれは歩道を歩くダッカとの間に、壺を抱えた奴隷の一団と、蝋板を持った役人の集団を挟んで慎重に後をつける。役人たちは皆仕事帰りだが、家路につく途中というわけではなさそうだった。今日はどこに飲みに行こうかなんて話や、上司の愚痴を交わしながらゆっくりと歩いていた。
しばらく歩き、ティベリウス街道とサンサック通りが交差する場所に差し掛かった時、奴が一度止まった。まさかバレたのか? おれは念のため役人たちの後ろに隠れて様子を伺う。
だがダッカは交差点を渡るため、馬車が通り過ぎるのを待っていただけだった。夕暮れ間近、日は少し陰りを帯び始め、馬車は歩行者横断用の飛び石に乗り上げないよう、速度を落として進んでいた。
おれはダッカが止まっている間、カレンシアのことを考えていた。つまり、油断してたってことだ。
2頭立ての馬車は何故か横断歩道で止まると荷台の帆を薄く広げた。
奴隷の一団が舌打ちしながら馬車を迂回する。役人の一団も通行の邪魔だと文句を垂れながらそれに続く。
もちろんダッカも、一緒に歩き出したのだと思っていた。だが違った。
視界の隅で、ダッカが馬車の荷台に乗り込むのが見えた。
予想だにしなかった展開に、おれは馬車が動き出すまで呆然とその光景を眺めているしかなかった。馬車は荷台にダッカを招き入れると、いななきを上げ無慈悲に発進する。
車輪が飛び石を擦る音でおれはようやく我に返った。諦めるにはまだ早い、相手が馬なら追いつくことは不可能だろうが、馬車なら別だ。おれはベルトをきつく締め直して走り出した。
荷台に張った帆の中に、ダッカ以外の誰が居るのか知らないし、おれのことに気付いているのかも分からない、だがこのまま追い続ければ人目も引くし、気付かれるのは時間の問題だろう。次の大きな交差路はエレイウス通りとぶつかるときだ。勝負をかけるならそこしかない。
おれは歩行者横断用の歩道で、馬車のスピードが落ちるのを待った。案の定、歩道を渡る酔っ払いを避けようと馬車が速度を落とす。
おれはその隙に荷台のへりに飛び乗った。
何の音だ? という会話の後、後方の帆を開いたのはダッカだった。
「伝え忘れたことがあって、追いかけてきたんだ」
おれはニヤリと微笑むと、青ざめるダッカの腹を蹴り飛ばしながら荷台の中に入る。
「騒がしいと思ったら、貴方でしたか。相変わらず、暴力沙汰がお好きなようで」
しかし、次青ざめるのはおれの方だった。
というのも、待ち受けていた人物は、おれのよく知る人間だったからだ。
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