第59話 果実の行方 ⑧

 ヴェステ神殿でのダッカの治療自体は、それに至るまでの〝過程〟に比べれば大したことではなかった。

 〝過程〟の中で最もおれの手を煩わせたのはニーナだ。おれたちの突然の訪問に怒り狂い、喚き散らす彼女を宥めることは、ある意味サーカス一座の猛獣使いの仕事に似ている。

 そして今更ながら思うが、おれにはその才能があるらしい。治療前の1時間、そして治療が終わってからの2時間を費やして、彼女の頭を撫でることに成功した。なんだかごろごろ喉を鳴らす音さえ聞こえる。まるでちっちゃなライオンだな。


「言っとくが、治療費は払わないぞ。元はといえばあんたのせいだ」


「貴方、自分が何を言ってるか分かってる?」


 場の空気を読まないダッカの一言のせいで、折角収まったニーナの怒りにまた火が付きそうになる。おれはニーナを制して言った。


「治療費は払わなくていい。その代わり、おれの提案を受けるってことでいいんだな?」


 ダッカはぼさぼさの頭を掻くと、おれたちを品定めするようにまじまじと見つめた。


「別にいいが、到底うまく行くとは思えないけどな。守銭奴ロドリック、あんたがやり手だってのは知ってるが、ツレの奴らは話にならねえ。おもちゃみたいな弓を番えた治療師と、学院出の新米魔術師だ? 笑わせんなよ」


「もう一匹、自分のことを数に入れるのを忘れてるぞ。ひとりじゃ何もできない癖に口だけは達者な、卑怯で無能な万年底辺探索者のな」


 おれはダッカを睨みつけた。ばつが悪そうに、肩をすくめてそっぽを向くダッカ。


「まあいい、おれだってここで仲違いするつもりはないんだ。とにかく、ドライアドに関しては任せてくれ、おれはこう見えて慎重派だからな、何の勝算もなく宿木を守るドライアドに挑もうってわけじゃない。お前はただ宿木の場所を見つけ出すことだけ考えてればいい」


「はいはい、わかったよ」


「どちらにせよ、今から迷宮に潜るには準備も時間も足りないだろう。宿木探索は明日の正午からってことでいいか?」


 おれの提案に、ダッカは無言で頷いた。女性二人も同じくだ。


「じゃあ、また明日の正午に集合だ。ニーナ、ちょっとギルド本部まで付いてきてもらえるか?」


「どうしたの?」


「討伐報酬の一部を受け取り忘れてた」


「それっていつの?」


「結構前のだ、うっかりしてた」


「貴方って本当に、そういうところいい加減ね。まあいいわ、ダルムントの様子見ついでに、ついてってあげる」


「悪いな、お詫びに今夜奢るよ」


「え、じゃあ私も連れてってよ」


 奢ってやるという一言に、今まで他人事のように黙っていたシェーリが口を開いた。


「いいわね、シェーリも一緒に行きましょう。両手に花なんて、探索者冥利に尽きるじゃない」


 すくめたおれの肩を、ニーナがからかうように指で突っついた。


「貴方も一緒に行く?」


 誰も一緒に行きたいとは思ってないが、去り際、ニーナが皆を代表して社交辞令でダッカに声をかけた。


「馴れ合いはごめんだ、気持ち悪りぃ」


 だが、ダッカはあからさまな不快感を示すと、夕焼けのコントラストに染まる柱廊を足早に去っていった。

 この御時世に、誰とも固定パーティーを組まずに、たった一人で迷宮を探索しようってな奴は、何かしら理由があるもんだ。


 おれは柱の陰に身を隠しながら、ダッカがある程度遠ざかったのを見計らい、ダッカの悪口で盛り上がろうとするニーナとシェーリに向けて呟いた。


「黒幕は、別にいる」

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