第58話 果実の行方 ⑦

「こんなところに居た」


 逃げようとしたおれを引き留めたのは、息を切らしたシェーリの声だった。


「急に走って行っちゃったから、見つけるの、大変だったんだからね。置いてったお金だって、ちょっと足りなかったし……」


 そう言うとシェーリは、ばつが悪そうに俯く子供に「場所、教えてくれてありがとう」と小銭を握らせた。


「クソガキ、話が違うだろ」


 おれはそのガキを睨みつける。怯えた子供がシェーリの後ろにひょいっと隠れた。

 こいつ……あっさり裏切りやがって。大方、大通りでキョロキョロしてるシェーリを見つけ、ガキの方から金になると思って声をかけたんだろう。がめつい奴だ、おれから金を貰っといて、更に探し人からも金をせびろうだなんて。


 なんなら渡した見張り代を返してもらおうかとも思ったが、走り去って行く子供を見送るシェーリの姿に、弟を愛する姉の姿がピタリと重なって見えて。そんな気分でもなくなってしまった。


「それで、これどういう状況?」


シェーリはおれの隣に立つと、ズタボロで地面に這いつくばるダッカを見下ろし顔をしかめた。


「こいつがお前ら姉弟をどうやってドライアドに襲わせたのか、仕掛けを教えてもらってたところだ」


「教えてもらうって……こんなやり方で」


「何ならお前もやるか? 弟の仇だぞ」


 シェーリは唇を硬く結ぶと、すすり泣くダッカを前に少しだけためらった後、首を横に振った。


「あんたがやったなら、私は、もういい……」


「そうか」


 おれはダッカに向き直ると、うずくまるダッカに目線を合わせるようにしゃがみ込んだ。


「じゃあ、おれたちは話の続きといこうか」


「もう勘弁してくれ……」ダッカは消え入るような声で言った。


「腕と足の感覚がないんだ、頭も痛い。頼む、もう助けてくれ」


「助かる道はひとつだけだ。質問に答えろ、秘策ってのはいったい何だ?」


「それは……」


 ダッカは小路の端から微かに聞こえる通りの喧騒を見つめ、そして諦めたようにゆっくり口を開いた。


「アーティファクトだ。ちょっと前に市場で手に入れた。『揃い靴』と呼ばれる非戦闘系の物で、名前のとおり二つ一組、つまり一足の靴の形をしてる」


「それが秘策か? 効果は?」


「魔法則が完全に解明されたわけじゃない。だが、このアーティファクトは、常に一足であろうとする性質があるらしい。片方ずつをどんなに離しても、かならず引き寄せ合う」


「そのアーティファクトを作った古代人は、飼い犬の靴隠しに頭を抱えてたようだな」おれは鼻で笑った。


「信じてくれ、本当なんだ」


「別に疑ってるわけじゃない。要するにそのアーティファクトの片方を、薬と称して袋にでも包んでユーリに渡したってことだろ? じゃあもう片方は、どこにある?」


 おれはダッカにアーティファクトを引き渡すよう迫った。


「今はない。ギルドの個人金庫に預けてある」


「常套手段だな。おいシェーリ、こいつの持ち物を調べてみろ」


「何で私が?」


「じゃあおれが調べるから、お前がこれを持て」


 そう言って腰に下げたショートソードをシェーリに手渡そうと鞘から抜いた。


「こいつが変な気をおこしたら、ためらわず殺すんだぞ」


 血を欲するようにギラリと輝く銀色の刃を見て、シェーリはギョッとした顔で手をひっこめた。


「やめとく。私、人を殺したことがないの」


 そしてしぶしぶ、ダッカのポケットや腰ベルトを、恐る恐る弄り始めた。


「やだあ……臭いし、気持ち悪い」


「いいから黙ってやれ」


 しかしシェーリがいくら手を突っ込んでも、ダッカから出てくるのは切れ味の悪そうなナイフや薄汚れた小銭、それに食べかけのパンくずなど、どれもガラクタばかりだった。


「これで全部ね」


 やり終えたシェーリが、手に着いた汚れを払いながら言った。


「なあ、言ったとおりだろ? 本当に今は持ってないんだ! 頼む、もう許してくれ」


「彼の言うとおり、エーテルが反応するような物は所持してないわ」


 瞳を赤く染めたシェーリが、周囲のエーテルを観察しながら言った。


「じゃあ仲間はどこだ? 何人いる?」


「仲間は居ない……俺ひとりだ」


 おれはそう言い張るダッカの喉元に剣を突き付け、質問の仕方を変える。


「仮にお前が言うようなアーティファクトが本当に存在していたとしても、お前ひとりじゃどうしようもできないはずだ。宿木を見つけたところで、周囲を守るドライアドをどうするつもりだった? まさか見つけるだけで満足だなんて、研究者みたいなこと言うのはやめろよ」


「それについては……ギルドレイドを、申請するつもりだった……」


 しどろもどろになりながら、ダッカがうなだれる。


「それじゃ本末転倒だ。ギルドレイドを申請して対象を攻略した場合、報酬はギルドが管理し、ギルドの匙加減で分配されることになる。申請者に渡る報酬は微々たるものだぞ」


「そんなの承知の上だ。ドライアドの宿木から得られる金は惜しいが、俺にはその方法しかない!」


 声高に響くダッカの声に、大通りからこちらを覗き込む視線をいくつか感じた。そろそろトラブルを嗅ぎ付けた野次馬が、何人か覗き込んできてもおかしくないな。


 おれは剣を収めた。ギルドレイドの申請が通るのは最低でも一週間。ダッカのプランに乗ってそれを悠長に待っていたら、カレンシアとユーリは手遅れになる。

 そもそもこの方法で本当に宿木は見つかるのか? アーティファクトの存在は本当か? 仮に本当だとしても指し示す場所が遠すぎたらどうする?

 ギルドレイドを申請するには対象とその位置が明確になっていなければならない。申請には必要な手順が多すぎるし、却下される可能性すらある。

 

 おれは思いめぐらせた上、シェーリとダッカを交互に見つめた。

 ひとつだけ、全員の要望を叶える方法があった。


「おい、ダッカって言ったな。お前、他に腕の立つ探索者のツテはあるか?」


「いいや」ダッカは首を横に振った。


「何人か、唾を付けてる探索者は居たが、どれもパッとしない奴らだ。少なくとも、あんたが期待するような人材じゃない」


 要するに、ユーリのように宿木探しをするための餌用にする人材だったってことか。おれはシェーリに向き直った。


「弟を助けるためなら、なんでもするって言ってたよな。それって、命も賭けれるってことか?」


「もちろん」シェーリはうなずいた。


 だったら決まりだ。おれはダッカの折れてない方の手を掴み、肩を貸して立ち上がらせる。


「ダッカ、宿木を手に入れることができて、金も得られる。そんな方法があるとしたら、どうする?」


「というと……?」


「つまり、おれたちと、組む気はあるのかってことだ」

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