第57話 果実の行方 ⑥
「そのまま動くな、加減を間違って殺しちまうかもしれんぞ」
おれは上がった息を整えながら、地面に伏せるダッカにゆっくりと近づいていった。
突き刺さりこそしなかったが、ナイフはダッカの尻の皮を切り裂き、ズボンに血を滲ませることに成功したようだ。
おれはこのナイフ投げの技術を教えてくれたタクチェクタ派の師匠に感謝しながら、うめき声をあげるダッカの顔を踏みつけた。
「警備隊が来たらお互い面倒だろ? もう少し静かに行こうぜ」
「クソ! 離しやがれ! いったい何が目的なんだ!」
ダッカはおれのブーツを掴みながらジタバタする。おれは顔から足を離し、代わりに血が滲んだダッカの尻に足を乗せる。
「いてえ! このクズ野郎、いい加減にしやがれ! 俺が何したってんだよ!」
「それをこれからお前に尋ねるつもりだったんだ」
「はあ? じゃあ何でこんな真似すんだよ。なあ頼むからいい加減、足を離してくれ!」
「つれないな、お前が少しでも話をしやすくなるようにと、お膳立てしてやったのに」
おれはニヤリと笑みを浮かべて続けた。
「それで、何故おれたちから逃げたんだ?」
「別に……理由なんてない。お前が追ってきたから、逃げただけだ……」
「へえ、そうか」
おれは小路の奥で物珍しそうにこちらの様子を伺っている子供2人に声をかけた。
「これをやるから、こっちに人が来ないよう見張っとけ」
駆け寄ってきた二人に銅貨を1枚ずつ握らせて小路の両端に行かせる。これでもう少し遊べそうだ。
「おいおい、どうするつもりだ」
ダッカは声高に言った。
「こうするんだ」
おれはダッカの腕を足で踏みつけながら、肘を逆方向に捻り上げた。
バコッというくぐもった音と共に、ダッカの腕の骨がへし折れる。
息を吸い込み、大声を上げようとするダッカの頬に、おれはすかさずナイフを突きつける。
「しゃべれなくなる前に、もう一度だけ聞くぞ、なぜ逃げた?」
残った片手で自分の体を抱えるように地面に縮こまりながら、すすり泣くような悲鳴を上げ続けるダッカ。
「もう少し、喋りやすい環境を整えてやったほうがいいか?」
おれはナイフに込めた力をほんの少しだけ強くする。
「わかった! 話すよ。話すからもう勘弁してくれ」
泣きながらまだ動くほうの腕を頭の上にあげるダッカ。
やはりおれにはいちいち証拠を集めたり下調べするより、こういうやり方のほうが向いている。
「違うんだ……あの女が、まだ生きているとは思わなかったんだ……」
絞り出すような声でダッカが言った。
「あの女? シェーリのことか?」
「そうだ、あの日、あのマヌケな姉弟の荷物にドライアドの花を紛れ込ませた……今頃奴らに捕まって、宿木が生えてる場所に連れてかれてるはずだったのに」
ダッカから発せられた言葉に、おれは特に驚きはしなかった。むしろ大筋の予想が当たっていたことに安心したくらいだ。睨んでいたとおり、こいつがドライアドの異常行動の原因だったんだ。もしかしたら先に第2層の休息所で見かけたあのパーティーも、こいつのせいでドライアドに襲われたのかもしれない。だが、一つわからないことがある。
「目的は何だ?」
私怨とは思えなかった。かといって、一時期流行ったドライアド狩りを行うための餌に使う予定だったにしても、こいつひとりでやってきたドライアドをどうこうできたとも思えない。
「その、俺はただ、ドライアドの、宿木を見つけようとしたんだ」
「どうやって?」
「あの姉弟を攫わせて、そのあとを追う」
おれは鼻で笑った。
「随分古臭い方法だな。それがすんなり成功すると信じるほど、新参じゃないだろ?」
ダッカはためらいがちに頷いた。
「秘策があったんだ……」
おれがその秘策とやらを聞き出そうとしたとき、小路の入口を見張っていた子供が指笛を吹いた。
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