第56話 果実の行方 ⑤
おれたちの存在に気付いたダッカは驚きに目を見開いた。そして机を揺らしながら勢いよく立ち上がると、脱兎のごとく出入口目指して一直線に逃げ出した。
「勘定は任せたぞ」
おれはシェーリに銅貨を数枚投げ渡しながら立ち上がる。
「え、何? 私、どうすればいいの?」
状況の変化についていけないシェーリが、おろおろしながら銅貨を手のひらで持て余していた。おれはそれを尻目に店の中央付近のテーブルに飛び乗って、いっぱいに並んだ料理をぶちまけながら出入口に向かって跳躍する。
盛大に開催されていた弱小クランの新人歓迎会が一瞬のうちに沈黙に包まれた。実を言うとこいつらの騒ぎ声、入店したときからずっと耳障りだったんだ。
おれは店内からの罵声を置き去りにするかのように外へ出ると、路地を見渡した。
――居た! 慌てる男の後ろ姿が、大通りへ続く方向へ走り去るところだった。
おれはとにかく必死で走った。目が合っただけで逃げるってことは、よっぽどやましいことがある証拠だ。ここで奴を逃がしてしまえば、二度と尻尾を掴むことは出来ないかもしれない。
「泥棒だ! そいつを捕まえてくれ!」
おれはあらん限りの声で叫んだ。
昼下がりのサンサック通りは、車道も歩道も人で溢れかえっていた。大通りの人波を掻き分けながら走るダッカの後ろ姿に、おれは何度も「泥棒!」と叫びながら走った。
しかし、行き交う人々は好奇な目で振り返るばかりで、誰も手を貸そうはしない。寂しい街になっちまったもんだ。迷宮が発掘される前はこんなんじゃなかったのに。
ともかく、今はこいつを捕まえることだけに集中しなくては。おれも足の速さには結構自信があるんだが、この男もなかなかやるな……さすがに離されるってことは無いが、人や馬車の流れをうまく使って、おれが全力で走れないルート取りを意識してやがる。
おれはこれ以上距離を離されないように気を付けながら、ダッカが大通りから人気のない裏路地へ移動するのを待った。こいつがどこへ逃げようとしてるのか知らないが、このまま離されずに付いていけば、どこかでおれを完全に撒くために、入り組んだ場所に入っていこうとするはずだった。
狙いが的中したのは、サンサック通りをひたすら南下し探索ギルド本部のある広場を通り過ぎたあたりだった。ダッカが果物屋の前に止めてあった馬車の裏に回り込んで、小路に入り込むのが見えた。
おれは追って小路に入る。すえた匂いが立ち込める路地裏だった。
高層住宅に覆われた狭い空から微かに差し込む光が、薄暗い路地を駆けるダッカの背中を照らしていた。
おれはすかさずベルトから小さめのナイフを取り出し、その背中めがけて投げつける。狙いからほんのわずかに逸れたナイフは、ダッカの尻を掠めて地面に転がった。
おれだったら痛みをこらえて走り続けられる程度の傷だが、ダッカは小さなうめき声をあげて、その場に躓いて倒れこんだ。
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