第54話 果実の行方 ③
翌日、おれはカピナ広場の一角にある『ミーレス』という食堂の角席に座っていた。
目当てはもちろん、昨日シドラの果実で聞いたある人物の動向だった。そいつが一連のドライアドの行動と何か関係があるのか、はっきりとわかっているわけじゃない。
しかし、花を摘まなくても襲ってくるドライアドと、その果実を大量に手にいれることができるという探索者の存在。偶然にしてはいくらなんでも出来すぎてる。きっと神々のサイコロに、誰かがイカサマを施したに違いないってのがおれの見解だ。
「調べたところによると、そいつはダッカって名の探索者らしい。特に強力なアーティファクトや能力を持ってるわけでもなければ、大手クランに所属してるわけでもない。それどころか今時珍しいソロ探索者だって話だ。そんな奴がドライアドの果実を一つどころか、大量に仕入れてくるなんて、裏がありそうな話じゃないか?」
おれは言った。
テーブルを挟んで向かいに座っているのはシェーリ。ダッカという探索者の話を教えてやったら、一緒に連れて行ってくれと言い出したため、朝から行動を共にすることになった。
「本当にこの店に来るんだよね?」
シェーリが怪訝そうな顔でおれを見る。
「そのはずだ」
懇意にしているギルド職員に金を掴ませて掴んだ情報だ。さすがにデマってことはないだろうが……。
「来る時間帯まで、ちゃんと調べておけばよかったのに」
シェーリはうんざりした様子で吐き捨てると、店の出入口を眺めながら頬杖を付いた。
現在の時刻は正午過ぎ。卓上に並んだシチューとパンはもうすっかり冷めきっている。おれは後悔し始めていた。それは時間帯を調べなかったことでもなければ、不味いシチューを頼んでしまったことでもなく、このクソ生意気なガキを連れてきてしまったことに対してだ。そしてその思いはこれからの会話でどんどん強くなっていった。
「そのダッカって人が来るまでの間、なんか話でもしてよ」
シェーリは顔を出入口に向けたまま、つまらなそうに言った。
「何の話が聞きたいんだ?」
「あんたのこと。ユーリが気にしてたから」
おれの身の上話は時間つぶし程度の価値ってことか?
「どこから話せばいい?」
それでも、何もしゃべらず席に座って入口を見続けるってのも不自然だ。不本意だがちょっとくらい付き合ってやるか。
「そうね……じゃあ、生まれは?」
「ジルダリア」
「そう」
しかし、どちらとも消極的なせいで会話続かず沈黙が流れる。それを嫌ったシェーリが口を開いた。
「ユーリが言ってたけど、あんたってちょっとは有名な探索者なんでしょ? 今のとこあんた以上に、ヴンダール迷宮を深く潜った人間は居ないって言ってた。あと、絶対に防げない、見えない剣戟を使うとも……どうせ田舎の探索者が、つまらない魔術を勘違いして誇張してるだけなんだろうけど、少なくともユーリは、この街に来る前からずっと、あんたに憧れてた」
「弟は人を見る目が無いんだな」
「私もそう思う」
また沈黙が流れる。真っすぐおれを見据えるシェーリ。今度はおれがそれを嫌って、首を横に振った。
「迷宮の最深記録は……偶然だ。大勢の中でたまたまおれだけが、運よく生きて戻ってこれたってだけの話に過ぎない。見えない剣戟も、お前の言うように誇張されただけだ」
「そうでしょうね。無事ユーリを助け出したら、あんたからそのことを直接教えてやってよね、そうすればユーリも目を覚まして、もう少しまともな仕事で暮らしていこうとするはずだから」
「ああ、もし〝無事〟だったらな」
思い出したくない過去を突っつかれたせいか、つい意地悪な言い方をしてしまった。罪悪感を紛らわすように、入口の監視を続ける名目でシェーリから目を逸らしたときだった。
入口の扉につけられた青銅製の鐘が揺れ、乾いた音と共に来客を告げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます