第50話 ヴンダール迷宮 第3層 泉の広場 ③

 シェーリの話を全面的に信じるのなら、おれが魔力切れで気絶したあとも、パーティーはドライアドに襲われ続けたということになる。推し量るに、筆舌に尽くしがたい撤退戦になったことだろう。ダルムントの重体からもそれが見て取れる。


 だが、彼女のことを手放しで信じられるほど、おれはお人よしではなかった。

 シェーリの言うように、花園で花を摘んでいないにもかかわらずドライアドに追い回されたのなら、逆にどうして今は追われていないんだ? その答えはカレンシアと、もう一人助けたはずのユーリという男がこの場に居ないことと、何か関係があるのか? どうにも感じる胡散臭さが、頭の中から拭い去れなかった。


「ごめん、さっきから、何度も」


 落ち着いたシェーリが鼻を大きくすすって、また口を開いた。


「ドライアドに襲われたってのは分かった。だがもう少しだけ教えてくれ、おれの仲間のカレンシアっていう魔術師と、君の弟のユーリは今どこにいるんだ?」


「わからない」


「ドライアドに襲われたときに、はぐれたとか?」


「私も意識が朦朧としてたから……後からニーナさんから聞いた話になるけど、ユーリとダルムントさんと、あとカレンシアって人が、ドライアドと戦ってたって……」


 シェーリは尻すぼみになりながら、静かに涙をこぼした。その瞳に浮かぶ失望にも似た色は、弟と離れ離れになってしまった悲しみからくるものなのか、それとも見捨てて自分だけ逃げた形になった罪悪感から派生したものなのか……どっちでもいいが、さっさと話しを進めてくれないもんかね。

 おれがつい嫌味のように大きなため息をついてしまい、シェーリの涙の貯水湖をまた掻き回しそうになったときだった。


「ちょっと目を離した隙に、年端も行かない女の子を泣かせてるなんて、貴方って本当に最低な男ね」


 垂れ幕の奥から疲れ切った顔のニーナが姿を現した。


「ニーナ! 大丈夫なのか? ダルムントは、どうなった?」


「とりあえず一命はとりとめた。腕の再生はこれから」


「そうか、よくやった」


「ねえ、水ちょうだいよ」


「あ、ああ! ほら、飲めるか?」


 おれは荷物の中から水の入った革袋を引っ張り出し、封を空けながらニーナに手渡す。


「ありがと」


 ニーナは白い喉を何度か震わせると、満足したのか近くのスツールに腰掛け、おれやシェーリの様子を見回しながら言った。


「それで、どこまで聞いたの?」


「おれが眠ってる間、ドライアドに襲われたってところまで」


「そう」


 ニーナはおれやシェーリにも座るよう促し、やるせない視線をどこかへ落とすと、ゆっくりと話し始めた。


「貴方が眠ってから、入れ替わるようにしてユーリって子が起きたの。いろいろ情報を聞き出したい気持ちもあったんだけど、その場に留まってまたドライアドに襲われるのも怖かったから、取り合えず貴方とシェーリを担いで移動することにしたの」


「花は――」


「もちろん摘んだ花が入ってる可能性がありそうな荷物は、全部その場に破棄したわ」


 開きかけたおれの言葉を遮るようにニーナが続けた。


「でも結果的に、私たちはまたドライアドに襲われた。2度目の襲撃はちょうど水路の横穴に差し掛かったときだったわ。数は3体いた。最初は全員で逃げたんだけど、場所も悪くて、結局すぐ追いつかれた」


「それで、誰かが残ることにしたのか……」


「ええ、それ以外にどうすることもできなかったから」


「誰が残った?」


「ダルムントとユーリ、あとカレンシアも、自分から残るって言いだして……」


「そんなに残るくらいなら、おれを捨てていけばよかったのに、こいつだって逃がす必要なかっただろ」


 おれはうつむくシェーリを顎で指しながら言った。


 その言葉を聞いて、ニーナの顔に影が差す。心なしか、瞳が揺れたようにも見えた。


「私と、貴方が生き残ってれば、きっとまだチャンスはあるって、ダルムントが言ったのよ」


 文句があるなら、ダルムントに言って、と前置きしてニーナは続けた。


「ちなみにシェーリは、私が貴方をうまく担げなくてよろめいたときに、躓いて……運よく目を覚ましたから……ついでに――」


「ちょ、ちょっと待ってくれ」


 おれは頭を抱えながら、ニーナの話を遮った。


「ダルムントはおれたちを逃がすために残って、ドライアドの足止めをしたんだよな?」


「そうよ」


「じゃあどうやってダルムントはここに辿り着いたんだ?」


 おれの質問に、ニーナは首を振った。


「詳しいことは私も聞けなかったの。休息所までなんとか逃げてきた私たちに、ボロボロのダルムントが追い付いてきたんだけど、酷い状態で……ここまでこれたのが奇跡よ。本当なら、死んでてもおかしくないほどの大怪我だったんだから」


 あいつはタフだからな……そんな言葉で片付けられる怪我の状態ではなかったのだろうが、ダルムントの体の秘密を知ってか知らずか、ニーナはそれ以上詮索しようとはしなかった。


「でも、ダルムントから貴方に一つ、言伝を預かったわ」


「なんだ?」


「それはね――」


 ニーナはシェーリを気にしながら、おれにだけ聞こえるように耳打ちした。

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