第47話 ヴンダール迷宮 第3層 南区域 ⑥

 それに気が付いたのは横穴へと繋がる通路に出た時だった。


 パーティーの一番後ろを歩いていたダルムントが突然大声でおれを呼び、振り返ると視界の隅に、裸の美女が迫っているのが映った。それも3人も。


 ここが迷宮でなかったら、おれは即座にベルトを緩め、うらぶれた小路へと美女たちを誘うのだろうが、今するべき心配は、おれ一人で3人を満足させられるかどうかではなく。目前に迫る3匹のドライアドから、どうやって逃げ切るのかってことだった。


「リーダーどうする!」


 ダルムントは抱えた男を下ろして盾を担ぐべきか、それとも他にもっと冴えたやり方があるのか迷っているようだった。おれはドライアドに襲われる条件をいつの間に満たしてしまったのか、陥ってしまった状況に困惑しながらも、仲間に指示を飛ばす。


「ニーナは先に水路へ逃げろ! カレンシアは――」


 視線でカレンシアを指したとき、おれは彼女が見覚えのないリュックを背負っていることに気が付いた。

 どういうことだ? 彼女の荷物は肩から掛けるタイプの小さめのポシェットと、腰に下げるポーチだけだったはず。まさかとは思うがこいつ、助けた姉弟の荷物を勝手に持ってきたんじゃないだろうな……。


「カレンシア! お前はさっさとその背負ってる荷物を捨てろ!」


「え、は……はい!」


 おれは時間を惜しんで、カレンシアにドライアドに襲われる条件を教えなかったことを後悔しながらも、情けないかな、湧き上がってくる苛立ちをカレンシアにぶつけてしまった。


「ダルムントはそいつを下ろせ! 迎え撃つぞ!」


 しかしそんな自分の器の小ささを悔やむ時間的余裕などない。おれとダルムントはそれぞれ背負った男女を下ろすと武器を取った。


「作戦は?」


「知るか、とにかく速攻で決める」


 1匹でも厄介なドライアドが今度は3匹。長引けば長引くだけ不利だ。おれは手印を刻みながら、ダルムントと一緒に走り出す。 


 対するドライアドは一直線に近づいてくるおれたちを迎え打とうと一斉に蔓を伸ばす。3匹同時に伸ばすそれはある意味壮観だ。まるでクラーケンが繰り出す〝千の触手〟のような神々しささえも感じさせる。


「防御は任せるぞ!」


 おれは言いながら速度を緩め、ダルムントの背後に隠れた。


 ダルムントを肉の壁にして、敵との距離を詰めるこの戦法は、おれたちが最も得意とする速攻戦術だった。もちろんダルムントが生き残ることのできる相手限定というのが絶対条件だが、ドライアドの蔓くらいなら、ダルムントの頑強さをもってすればよほどのことがない限り致命傷には至らないだろう。


 目論見通り、ダルムントはそのほとんどを盾で防ぎながら前進を続けた。

 しかし、あと数歩の距離に迫ったところで、脇から回り込むようにおれを狙った蔓を優先的に盾で防いだことによって、一本の蔓に足を挫かれダルムントが膝をついた。


「行け! リーダー」


 ここまでだというダルムントの合図だった。


「十分だ!」


 おれはダルムントを踏みつけながら跳躍し、装剣技を発動させる。


 宙に舞うおれを、ドライアドのグリーンの瞳がゆっくりと追う。妖精種はどれも人の形をしているが、その瞳に本当の感情が宿ったところを見たことはなかった。


 まるで人形のようなその顔を、おれは着地と同時に真っ二つに切り分けると、残った2匹と対峙した。

 さっきは魔力温存のために敢えて〝装剣技〟の使用を控えていたが、今回は後先のことを考えるつもりはない。たとえ伝説級の魔術師でも、真正面から防ぐことはできないおれの固有魔術を、妖精種風情が防げると思うなよ。


 おれは向かって右側のドライアドが作った蔓の壁を、紙みたいに切り裂くと、目を見開くドライアドに体当たりする要領で胴体に剣を深く突き刺した。

 甘く香る樹液を吐き出しながらも、その身を犠牲におれの足止めをしようと抱きついてくるドライアド。おれは胴体を斬り払いながら剣を抜くと、返す刀でドライアドの両肩を切り落とし、身体を離す。


 しかし、これでドライアドが魔術を使う条件が整ってしまった。案の定、危機を感じた最後の1匹が周囲のエーテルを集めて魔術を発動させようとしていた。


 この距離なら何とかなるか。おれはドライアドの髪に付いた蕾が花開く前に、残った魔力をすべて振り絞って、ドライアドからエーテルの支配権を少しだけ掠め取る。

 そして、そのエーテルを使って装剣技をほんの一瞬延長すると、ドライアドの肩口から腰のあたりまでを袈裟で大きく斬り落とした。


 ドチャリと水っぽい音を立てながら崩れ落ちるドライアドの体――。


 これで全部か。おれはすべてのドライアドが、果実と枝に姿を変えたのを見届けると大きく息を吐いて、盛大に尻餅をついた。


「大丈夫か、リーダー」


「ああ、ちょっと頭がくらくらするだけだ」


 駆けつけたダルムントの肩を借りて、何とか立ち上がる。急に魔力を使いすぎるとおれはいつもこうなっちまう。せめてそこらの3流魔術師どもと同じくらいの魔力でもあれば、出し惜しみをする必要もなくなるんだが。


「時間がない、手短に言うぞ」


 しかも、ここまで魔力を使ってしまうと、強制的に睡眠状態に入ってしまうのも難点だ。おれは重くなっていく瞼を持ちあげながら、ダルムントに囁く。


「花はおそらくカレンシアが持ってきちまったそいつらのリュックの中だ、確実に捨てさせろ。第3層の休息所に着いたらおれが目覚めるまで待機で。それと……道中やばくなったら、迷わず、助けてやった姉弟を捨て置け……場合によっちゃ、おれも捨てて、いい」


 もう一つ二つ、伝えたいこともあったが、そこまでだった。


 魔力切れによる睡魔に抗いきれず、おれはとうとう瞼を閉じた。


 遠ざかっていく意識の中で、おれは夢を見る前に必ず起こる耳鳴りが、どこからか近づいてくるのを感じていた。

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