第45話 ヴンダール迷宮 第3層 南区域 ④

 カレンシアから放たれた〝発光〟はおれの後方、ドライアドから見たらちょうど逆光になるような位置に配置された。

 ドライアドはその種根に反して、得る情報のほとんどを視覚に頼る妖精種だ。光による目くらましは単純かつ古典的な方法だが、一定の効果は見込めるだろう。


 その思惑どおり、ドライアドは顔をしかめると一瞬おれの姿を見失って動きを鈍らせた。時間にすると1秒にも満たなかったが、それでもドライアドに対する、この距離での有効打を持たないおれにとってはかなりありがたい時間だ。


 おれはその間に出来るだけ距離を詰める。対するドライアドも状況を理解し始めたのか、股座から伸びた野太い蔓を数本、おれたち目掛けて勢い良く振りかぶってきた。


 おれがその蔓を切り刻みながら、一瞬のうちにしてドライアドに肉薄する勇姿を描写するより先に、ドライアドとは何なのかを今一度、詳細に説明しようと思う。

 そっちのほうが、おれがこれからやってのけることが、どれだけすごいことなのか理解しやすいだろうからな。



 まず分類学上の説明からいこう。ドライアドが属している種は『妖精種』こいつらは地上で人間を除いて、最も多く人間を殺してきた最強最悪の分類階級だ。


 妖精種に属する生物はそのほとんどが魔術を使用し、中には強力な固有魔術を持つものさえいる。

 ドライアドもその厄介な妖精種の一種だが……それでも地上であれば、それほど組するのが難しい相手ではないといえよう。固有魔術を使うといっても、その発動頻度はシルフなどと違い、かなり限られているものだったし、そもそもドライアドは長く生きた老樹に宿る妖精であるため、媒体となっている木を見つけて切り倒すなり燃やすなりしてしまえば、直接対峙しなくとも簡単に打ち滅ぼすができるという大きな弱点もあった。


 しかし、この迷宮でドライアドが宿りそうな老樹は見つかっていない……要するに、この場でこいつを退けるには、真っ向勝負以外方法はないってことになる。


 ということで、話を戻そう。



 ――おれは身を翻して迫りくる蔓を避けると、体制を戻す回転力をそのままに、右手の剣でなぎ払った。切断された蔓の一部が石畳の上でのたうち回り、その上をニーナが放った矢が風切り音を立てながら、2本立て続けに飛んでいく。


 一本はおれの足元を横からすくい上げようとしていた蔓に命中、もう一本はドライアドの白い太ももに突き刺さった。血の代わりに、楓の樹液にも似た甘い香りの液体が、ドライアドの艶かしい股を伝う。


 ニーナの弓の腕前からすると、この成果は奇跡としかいいようがなかった。そしてもちろん、残ったもう一つの蔓もダルムントがしっかり盾で防いでくれていた。


「ぎゃああああ!」


 つんざくようなドライアドの鳴き声を合図に、おれは目の前の蔓を切り刻みながら、一気にドライアドとの距離を詰めた。

 孔雀のような鳴き声は、人によっては赤子のそれに聞こえるらしい。魔術耐性の低いダルムントが、後ろで膝をついたのが分かった。だがおれにはその手の小細工は通用しない。隙だらけの懐に飛び込むと――横一閃、剣を振りぬいた。


「まあ、そう上手く事が運ぶわけないよな……」


 しかし、あと一歩のところまで迫った剣は、石畳の隙間から飛び出した蔓に弾かれ、切先はむなしくも空を切った。


 追撃をしようにもドライアドはおれを早急に対処すべき脅威だと認識を改めたらしい。ビギナー男の拘束に使っていた分の蔓も解き、大量の蔓をかき集めて絡み合わせると、おれの目の前で大きな蔓の壁を作った。


 さて、どうするか……。


 おそらく装剣技を使えばこの蔓の壁は突破できるだろう。だがそれじゃそっから先は出たとこ勝負になっちまう。


 相手は下位とはいえ、まがりなりにも妖精種だ。人間を絶望へと陥れる奥の手がある以上、装剣技はそれに対抗する最後の一手に取っておきたかった。


「ダルムント、どうだ。行けそうか?」


 おれはその場を一旦飛び退き、仕切り直すためダルムントに声をかけた。


「ああ、悪かった。もう大丈夫だ。くそ、何回聞いてもこの鳴き声は慣れない」


「耐えるのにはコツがいるんだよ。おい、ニーナ! 矢はあとどのくらいある?」


「銀の矢は残り3本よ」


「それでもう1回ドライアドを狙えるか?」


「あの蔓の間を縫って? 無理言わないでよ。当てる自信なんてないわよ」


「当てなくてもいい、けん制するだけだ。その間にダルムント、分かってるな?」


「ああ、俺が突っ込んで道を開く」


「そう、なるべく注意を引きつけながら、蔓のど真ん中に突っ込むんだ。気をつけろ、鎧の隙間から首に巻き付かれたら終わりだぞ」


「俺の心配は無用だ。それよりも――」


 ダルムントが目線だけで後方のカレンシアを指した。


「ああ、分かってる。おいカレンシア! さっき言ったとおり、おれの合図を待ってから、全力でやるんだぞ」


「はい!」


「もういいから、覚悟が決まったならさっさと行きなさいよ。相手も待っちゃくれないわよ」


 けん制のため、弓に矢を番えたままのニーナが痺れを切らして言った。おそらく腕が疲れてきたんだろう。


 おれとダルムントは顔を見合わせると、肩をすくめてもうひと踏ん張りすることにした。

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